たぶん個人的な詩情

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読書:エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 上』――現代作家による粒揃いのクトゥルフアンソロジー。

クトゥルフ熱の高まりにより、ちょっと前に買っていた『ラヴクラフトの怪物たち』の上巻を読了。ここ最近*1新潮文庫ラヴクラフトが出たり、青心社からもアンソロジー*2が出たりと、この界隈が活発なようで嬉しい限りです。新紀元社はこれまでクトゥルフのガイドブックなんかは出していましたが、こう言ったアンソロジーは珍しい気もします。

さて、収録されている作家は、キム・ニューマンニール・ゲイマンと言った有名どころから本邦初訳の作家までと幅広く、ジャンルについても、ハードボイルドらしい作品があるかと思いきや、詩的な雰囲気の作品、はたまたジュヴナイルっぽい作品もあったりと多種多様。全体的に質の高いアンソロと言った印象を受けます。

現代作家のクトゥルフ作品を読める機会が少ない中、こうした企画が形になるのはオタク冥利に尽きますね。訳者の方によれば、最後に日本で出版された海外発のアンソロジーは2006年に刊行された『ラヴクラフトの世界』。しかも原書は前世紀に出版されているため、今世紀に入ってからのアンソロジーはこの本が出るまでなかったと言うのが状況だそうです*3

クトゥルフ人気の高まりに反し、こうした派生的な作品の需要は伸び悩んでいる印象がありますが、今後もどうにか翻訳が続いてくれることを願っています。出たら買うので。

以下、収録作品の中でも特に気に入った作品のちょっとした感想です。核心に迫るネタバレはしないつもりですが、気になる方はご注意ください。

ラヴクラフトの怪物たち 上

ラヴクラフトの怪物たち 上

 

クトゥルー! ヨグ・ソトート! アザトート! ……ホラーの世界で、こんなにもぞくぞくする名で呼ばれる存在は類を見ない。その名だけで、異次元から来た想像を絶する怪物だとわかる。H・P・ラヴクラフトが創造した、幻想文学史上もっとも怖ろしいものたちを、21世紀にクトゥルー神話の可能性を追求しつづける気鋭の作家たちが、新たな視点から描く。(公式サイトより引用) 

「赤い山羊、黒い山羊」ナディア・ブキン

ジャカルタ出身の著者による、インドネシアを舞台にした何とも気味の悪い作品。子守として新たに雇われた主人公が、徐々にその家の秘密を垣間見ることとなり……と言った内容なんですが、異常がさも当然かのようにまかり通っている様子はただただ不気味で、後味の悪さも相まってとても印象深い作品です。子どもたちが良い子である分、山羊乳母の怖さが際立ちます。

◆「ともに海の深みへ」ブライアン・ホッジ

本アンソロにもいくつか収録されている「インスマスを覆う影」オマージュの一つ。その中でも個人的にこの作品が一番好みに合っていました。軍のインスマス襲撃を踏まえた正統派の作品で、捕獲された住民がどのように扱われてきたのか、そして彼らの生態について、著者なりの見解が示されているのは好印象。動物と心を通わすことの出来る女性を主人公に、深きものとコンタクトを取ろうせようと言う発想も面白かったです。ありがちなオチではありましたが、インスマスものとしてはこれが正解のような気も。

◆「残存者たち」フレッド・チャペル

私がこのアンソロジーを買ったきっかけと言っても過言ではない作家、フレッド・チャペル 。『暗黒神ダゴン』を読んだ時の衝撃は未だに忘れられず、他に一体どんな作品を書いているんだろうと思って早数年、ようやく読むことができ感無量です。

で、肝心のその内容ですが、これが『暗黒神ダゴン』とはまったく正反対のテイストで驚かされました。舞台は古きものによって征服し尽くされた地球。少年が家族を守るために奮闘する姿や、新天地へと導かれていく展開はジュヴナイル小説の序章のようでとてもワクワクさせられます。

またここまで古きものをダイナミックに描いた作品を読んだことがなかったため、とても新鮮な気持ちで読むことができました。古きものによって組み替えられていく地球の様子は何ともグロテスクで、彼らの異質さ、人間との隔たりの大きさを強く感じさせられます。

 

バリエーションが豊かなだけに好き嫌いは分かれそうですが、総じて質の高いアンソロジーとなっている本作、惜しむらくは値が少しばかり張ること。そんなこと気にしない好事家の類はさておき、初心者向けでないお値段なのは確か。良い本なので広く読んでもらいところですが、こればかりは難しいですね。

この手の本が手に取りやすくなることを祈りつつ、今回はこの辺で。忙しさと体調不良にかまけて更新を怠っていましたが、今後は少しずつ更新していきたいと思います。

LOVECRAFT’S MONSTERS (2014)

▶編:エレン・ダトロウ

▶翻訳:植草昌実

▶カバーイラスト:鈴木康士

▶発行所:新紀元社

▶発行日:2019年9月14日

【収録作品】
「世界が再び終わる日」ニール・ゲイマン
「脅迫者」レアード・バロン
「赤い山羊、黒い山羊」ナディア・ブキン
「ともに海の深みへ」ブライアン・ホッジ
「三時十五分前」キム・ニューマン
「斑あるもの」ウィリアム・ブラウニング・スペンサー
「非弾性衝突」エリザベス・ベア
「残存者たち」フレッド・チャペル

*1:この記事を書き始めていたのが数か月前ゆえの記述。

*2:和田賢一他『クトゥルーはAIの夢を見るか』、青心社、2019年。

*3:クトゥルー神話は“わからない”を楽しむ!『ラヴクラフトの怪物たち 上』翻訳者インタビュー」https://www.phantaporta.com/2019/08/Lovecraft-Monsters.html