たぶん個人的な詩情

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【読書】『クリムゾン・リバー』――大学町で起きた猟奇殺人とその裏に隠された秘密。映画版好きにも是非読んでほしい傑作。

いつぞやの「午後のロードショー」にて、フランス制作のサスペンス映画、『クリムゾン・リバー』を見ました。舞台はアルプスの麓にある大学町ゲルノン。そこで発見された他殺遺体は拷問され、そのうえで目玉がくり抜かれていた。

場違いな猟奇殺人犯を捕まえるため、町に派遣されたのはパリでその名を轟かせたジャン・レノ扮するニエマンス警視。一方、殺人事件と並行して、ゲルマンにほど近い田舎町サルザックでは、ヴァンサン・カッセル演じる若手警官が墓荒らしの捜査にあたっていた。

一見無関係に見える二つの事件が思わぬ繋がりを見せ、その過程で二人が出会い、捜査がにわかに進展していく様は面白く、事件の真相、並びにその背後に浮かび上がってくる秘密も私の琴線に触れまくりとあって、当初は見るともなしに見ていたのに、途中からは思わず本腰を入れて見始めてしまったんですよね。

ジャン・レノヴァンサン・カッセル二人の演技も見所の一つで、バディものとしても面白い。また、映画全体に漂う閉塞感とアルプスの山々や大学構内を始めとする映像美はただただ素晴らしく、個人的に当たりの一本でした。

クリムゾン・リバー blu-ray

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  • 発売日: 2016/06/29
  • メディア: Blu-ray
 

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ただしこうも好意的な評価を下しておきながら、気になる点もあるにはありまして、それは尺の都合なのか、どうしても説明不足の感が否めず、全体的に急ぎ足でことが進行してしまったこと。

とは言え、それは映画への不満であると同時に「きっと原作はもっと面白いだろう」と言う予感の裏返しでもあるわけでした。で、そんな予感を抱きつつ、先日ようやっと原作を読んでみたんですが、これがまた予想に違わず面白かったです。

あらすじ自体は映画版と大きく変わりはないものの、まず何と言っても描写の細かさが段違い。証拠から証拠へ、点から点への繋がりが綿密に描かれ、映画ではA⇒Bと進むところが、原作では間にA’が挟まれることで、謎が解かれていく際の知的興奮、面白さが各段に高まっています。

また、細かく描写されることにより、キャラクターの深みや複雑さがより増しているのも原作の魅力の一つです。ニエマンスの唯我独尊っぷりは紙面でも健在ですが、原作では彼の暴力性、獣性がより前面に押し出されていてまた違った味わいがあります。

そして、深みや複雑性と言う点では、映画ではアウトローなフランス人警官に過ぎなかった相棒のマックス・ケルケリアンが、原作では山羊髭を生やしたアラブ人二世のカリム・アブドゥフとして登場していることも触れない訳にはいけません。

生国にありながら奇異な目で見られ、露骨に差別される立場にあるカリム。そんな危ういアイデンティティを持つ彼の存在は、原作において描かれるとあるテーマとも興味深いリンクを見せることになるわけです。

さらには、映画ではオミットされてしまった登場人物たちも本書の世界観の形成に一役買っています。ニエマンスに憧れを抱く若手警官のジョワスノー、カリムの直属の上司であるアンリ・クロジエ、第一の被害者の妻・ソフィー・カイヨワ……。

数ページで役目を終える端役ですら生き生きとし、印象に残る描写がなされているのも本作の面白いところ。二人が捜査の過程で出会う一癖も二癖もある登場人物たちは、本を読み終えた後も記憶に残っていること請け合いです。

こうした細かな描写と濃密さにより、映画では行間から感じ取るしかなかった細部が小説でははっきりと見えてきます。だからこそ、映画を見て面白いと感じた人にも、映画の雰囲気に魅力を感じつつ、どこか物足りなさを感じたに人も、もちろん、映画をまだ見ていない人にも手に取って欲しい一冊です。

数年前に新装版が発売され、今現是手に取りやすくなっているのもタイミングとしては良いですよね。下記のリンクを見て貰えば分かりますが、表紙もめちゃくちゃセンスが良く、購買欲がそそられます。厚さも500頁の大分とあり、手に取るだけでも満足感が得られるタイプの作品ではないでしょうか。…文庫で1600円はちょっとお高いですが。

と、お勧めの一冊ではあるんですが、映画にしても原作にしても、どうも尻すぼみの感が否めないのもまた事実。風呂敷を広げ過ぎたと言いますか、事件の全貌が見えるに従って捜査中に高まっていた昂揚感がだんだんと萎んでしまうんですよね。せめてあともう一波乱、あるいはもう一転あればと思ってしまいます。

また、これはちょっとネタバレ気味なので注意して欲しいんですが、犯人と被害者の真相の魅力が不釣り合いないのも盛り上がりに欠ける要因かもしれません。言ってしまうと“クリムゾン・リバー”の謎が暴かれて以降、どうも切れ味が悪くなるんですよね。

あとこれは個人的な好みですが、あんな方法でマッチングさせることを真面目腐って書くくらいだったら、いっそ踏み込んでもっと外連味を増しても良かったのかなと。作中の言葉ではありませんが、「60年代のSF」っぽさと言いますか、より壮大にフィクション味を増してくれた方が好みでした。

……なんて不満げな感想を述べはしたものの、本書は「フランス・ミステリの歴史を変えた記念碑的傑作!」*1との言葉に嘘偽りなしの作品だと思います。読み始めたら止まらないタイプの内容で、めちゃくちゃ楽しい読書体験でした。

著者であるグランジェの本は何冊か邦訳もされているようですし、機会があったら他の作品も読んでみたいと思います。どうやら続編である『ブラック・ハンター』はハヤカワ・ポケット・ミステリから昨年発売されているみたいですね。

ちなみに、先ほど本書の値段について触れましたが、先日たまたま立ち寄ったブックオフで220円の値札が付いているのを目にした際はしばし呆然としてしまいました。しかも帯付き。

あまり絶版でない本を古本では買わないことにしているんですが、流石にこれはちょっとショックでしたね、とチラ裏したところで今回はこの辺で。

クリムゾン・リバー / Les Rivières Pourpres (1998)

▶作者:ジャン=クリストフ・グランジ

▶訳者:平岡敦

▶カバー写真:Aimee Lee / PPS通信社

▶カバーデザイン:東京創元社装丁室

▶発行所:東京創元社

▶発行日:2001年1月31日初版発行 / 新版:2018年11月30日初版

*1:帯文より。従来の仏ミステリにはなかった、英米のサイコスリラー等の影響を受けた作品として本国では熱狂的に迎えられたとのこと。