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【読書感想】鈴木光司『仄暗い水の底から』――仄暗さと温かさと人間の光と影。水にまつわるホラー短編集。

暦を見れば8月も既に半分が過ぎ、気付けばお盆も終わっていた。海外においてゴーストストーリーが冬の風物詩なのに対し、日本の怪談の季節と言えば夏をおいて他にはない。下記の記事によれば「涼み芝居」と称して幽霊の出る演目を歌舞伎で上演したのが夏に怪談をするきっかけだそうだが、こうした怪談芝居成立の背景には、お盆の時期、鎮魂のために農村で行われていた民俗芸能、盆狂言が関係していると言う。

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とは言え、「涼み芝居」と銘打たれて怪談芝居が開かれたことからも分かるように、今なお夏に怪談が語られているのは、納涼としての怪談の効能が世間に認められたからに違いない。そしてこの納涼としての怪談を支える背景には、水辺に現れやすいとされる幽霊の性質が関係しているのではないだろうか。

と、取って付けたような導入で申し訳ないが、今回感想を書いていくのはそんな「水」をテーマに編まれた鈴木光司氏のホラー短編集、『仄暗い水の底から』である。

作者の本は『リング』を読んだだけだが、あれを初めて読んだ時の興奮と読後の満足感は昨日のことのようによく覚えている。それほどまでに『リング』は凄まじい小説だった。論理と構成の妙。ホラーとしての怖さ以上に、『リング』の魅力はそうした理性的な部分にある。

画面から這い出る白服の長髪の女、と言う世間に広まった貞子のイメージのせいか、どうしてもホラーとしてのイメージを持たれやすい『リング』だが、実のところ原作はホラー小説と言う以上にSFや推理小説に近いと言って良い。

そんなわけだから、私は『仄暗い水の底から』を読み始めてまず驚いてしまった。何せ本作は『リング』とは打って変わって真っ当なホラーで勝負をしているのだ。引っ越し先で奇怪な現象に巻き込まれた母子の姿を描く「浮遊する水」、航行不能となったヨットの原因を探るうち、奇妙なものを目にする「夢の島クルーズ」など、本作は「水(と言うか東京湾)」にまつわるバラエティに富んだホラー短編集となっている。

中でも映画版の原作となった「浮遊する水」の完成度は高く、遠洋漁業からの帰路、無人のクルーザーを発見したことから始まる「漂流船」などは海洋奇譚の佳品だと言えよう。どの作品にも海のにおいが漂ってくるような気持ちの悪さ、足元が覚束ない怖さがあり、ただホラー短編集として読むだけでも本作は十分に面白い。

この不安定な怖さは、幽霊や怪異が実際に存在するのか、あるいは語り手の思い込みに過ぎないのか作中にて明らかにされないことが大きな要因だろう。解説にて『ねじの回転』が引き合いに出されているが、まさしくそうした語り手の歪みも本作の面白さに繋がっているに違いない。

ただし『仄暗い水の底から』を語る上で忘れてはならないのは、本作のラストを飾る短編「海に沈む森」と、本短編集を枠物語として成り立たせているプロローグとエピローグの存在だ。これにより淀んだ潮臭さを醸していたホラーの雰囲気が一変、爽やかで温かなヒューマンドラマへと姿を変える。

ここで内容に深く触れることは避けるが、「海に沈む森」にて描かれる、自らの死を覚悟した父親の姿には不覚にも感動してしまった。 自分事で恐縮だが、あと一年もすれば私も父が父親となった年齢となる。

もし父がこのような事態に陥ったら彼は私に何を残したのか、そしてもし私がこのような状況に巻き込まれたとしたら、子供に一体何を残すことが出来るのか。居もしないし予定もない非実在性少年に思いを馳せ、少し感傷にふけってしまったことをここに記しておく*1。 

一見すると人の怖さを描いただけのホラーに見えながら、同時に人間の温かさをも描き切った手腕は流石としか言いようがなく、著者のの引き出しの多さには思わず舌を巻いてしまった。

そろそろ8月も終わるが、夏の暑さは未だ衰えることを知らない。 クーラーでだらりと涼むのも良いが、たまには緊張感のある方法で暑さを凌ぐのも面白いのでは、と思ったところで今回はこの辺で。

ではでは。

仄暗い水の底から
▶作者:鈴木光司
▶カバー:田島照久
▶発行所:角川書店
▶発行日:1997年9月25日初版発行

*1:ちなみにここまで言っておいて何だが、「海に沈む森」が語り手による創作(あるいは妄想)である可能性が否定できないのも本作の恐ろしいところだ。