たぶん個人的な詩情

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【読書感想】ヘーシオドス『仕事と日』――人類よ、農業に励め。ニートに送る仕事のすゝめ。

ヘシオドスの『仕事と日』を読んだ。正直言って、この偉大なる古代ギリシアの詩人について知っていることはほとんどなかった。彼の手によるとされる二つの作品についても、受験で覚えた以上のことは何も知らない。

この詩を読もうと思ったきっかけにしても、おおいぬ座並びに冬の大三角を形成する恒星、シリウスがその名称を初めて使用された著作としての興味からだった。そんな資料的な興味関心だけあって、その歌われる内容については正直な話、関心がなかった。

だがしかし、こうして感想記事を書いている以上察しはつくと思うが、本作は想像以上に面白い。確かに、この詩にはホメロスの描いた英雄叙事詩のような興奮はない。しかし、この詩を読めば当時のギリシア人の価値観を伺い知ることが出来るし、あたかも農業に勤しむ彼らの生活が目に浮かんでくるようなリアリティがこの詩にはあるのだ。

星や鳥の動き、植物の成長が種の播き時、刈り入れをするべき時を知らせる。自然の兆候を読み取って日々の糧を得る彼らには、自然と共に生きると言った田園趣味的な意識は微塵もない。自然と生きることが彼らにとっての自然なのだ。本書ではこうした彼らの素朴な生活と知恵が実直な筆致で描かれ、見事に訳出されている。放蕩な弟に向けて語られるこれらの言葉、農業に励む意味とその具体的な方法論は、今でいえばニートに向けてのアドバイスと言っていいだろう。

そしてこうした農業に勤しむ彼らを支えているのは、常に世界を見晴るかしておられるゼウスをおいて他にはない。農業に精を出すことが神の意に適う行いなのだとヘシオドスは説く。その理由についてはある種の起源神話が語られ、神から賜った仕事こそ人が励むべきものなのだ言う説明がなされている。

ここで語られるプロメテウスやパンドラの物語も面白いが、個人的にはここでのゼウスの扱いにとても興味深いものを感じる。それは本作で祈りが捧げられる天空神が、自然を擬人化した自然神ではなく、道徳や倫理、規範を知らしめる一神教的な出で立ちをしているからだ。裁きや正義、公正と言うものがゼウスに帰されている。

ヘシオドスは正義がゼウスにあることを疑わず、悪を行えば正しき裁きが下されると言う。彼らは誰かが悪事をなせばその者がいる町は災厄に見舞われてしまう世界に生きているのだ。確かに、オイディプスが罪人探しを始めたのもアテナイにおいて流行る疫病と続く不作を解決するためであった。だが、ここで語られる信仰は自然の猛威に対してそれを鎮めるためのものとはその姿を異にする。

正直に言って、古代ギリシアにおける信仰と言うものはもう少し緩いものだと思っていた。荒れた海が鎮まるよう奉納を捧げるように、野山の恵みがたわわに実るよう祈るように、対処療法的で目的論的な形の信仰だと考えていたのだ。

これを受けTwitterではこんな呟きもしてしまったが、本書を読んで改めて古代ギリシアの宗教観についての無理解を痛感させられた。この辺りの信仰については他の著作などにもあたり理解を深めて行きたいと思う。

さて、軽く感想を書くつもりでいたが、気付けば結構長々と書き進めてしまった。ただでさえ酷いまとまりが更に悪くなってしまうことのなきよう、最後に一つだけ。

解説にて訳者はこの詩がどうして今世まで残ったのかについての疑問を述べている。確かにこの疑問はもっともだ。この詩には英雄叙事詩であるホメロスの詩のような娯楽としての魅力はなく、かと言って神々の系譜を叙述した『神統記』のような教育的、宗教的な価値があるわけでもない。ここで歌われている内容は、当時の農民からすればわざわざ詩から学ぶようなものではなかっただろうからだ。

では、なぜこの詩が今にまで歌い継がれてきたのか。

この詩の功績を訳者は「彼らの日常平凡な営みを教訓詩の形をとってはじめて詩に歌ったことにある」*1としている。恐らくこの意見は正しい。そしてこの功績にこそ、長い間この詩が伝承されてきた理由があるのではないだろうか。農民が天上の神々ではなく自分たちの歌に親近感を持つのは当然だろう。ふとした時や労働の際、英雄の活躍を口ずさむことはなくとも、今自らが従事する仕事について歌うことは想像に難くない。であればこそ本作は古典として世に残るまでになったのではなかろうか。

血沸き肉躍る英雄の戦いではなく、日々の生活を叙事詩の形にしたヘシオドス。その背景には自らの出自が関係していると言う。彼の父は商いに失敗し、寒村の開拓農家として農業に取り組んだ。そんな父のもとで仕事に励んでいた彼にとって、夢物語を語ることは到底受け入れ難く、自分たちの現実を詩にしようとしたのは至極当然であろう。

これを読むまではこの作品がヘシオドスのパーソナルな部分を反映したものだとは知らなかったが、実際に自ら手を動かした経験があると考えれば、詩のテーマの選択と、その完成度の高さにも納得だ。そして本書においては、そのような作品を日本語に仕上げた訳者の訳業もまた素晴らしい。

私は詩を味わえるほどの素養を持ち合わせてはいないし、原文に対してどうの言えるような学もない。とは言え純粋にこの訳文は素晴らしいと思うし、何と言っても声に出して読んでいると気持ちが良いのがいい。人前ではできないが、やはり詩は声に出して読んでこそだろう。

久しぶりにこのような作品を読んだが、思いがけず素晴らしい出会いとなり、とても嬉しい誤算となった。マンネリを防ぐためにもやはり食わず嫌いはせず、今後はあまり読まない作品にも手を出していこうと思う。

では長くなったが今回はこの辺で。

▶仕事と日 (Erga kaí Hēmérai)
▶作者:ヘーシオドス
▶訳者:松平千秋
▶発行所:岩波文庫
▶発行日:1986年5月16日

*1:ヘーシオドス『仕事と日』、松平千秋訳、岩波文庫、1986年、188頁。