たぶん個人的な詩情

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【読書感想】『フラグメント 超進化生物の島』5億年の時を超えて人類の前に立ち現れた絶海の孤島。壮絶な生態系に興奮間違いなしの思弁進化系パニックSF。

あらすじ

一年に渡って世界の海を航海し、知られざる自然や生物を紹介しつつ、クルーたちの人間模様を放送するリアリティ番組「シーライフ」。放送開始当初は視聴率を稼ぐ人気番組だったが、ここ最近は天候不順のために思うような画が取れず、一月経った今となっては打ち切りの影もちらついているような有様だ。

慣れない航海に出演者を始めとするクルーの間にも不満が溜まる中、彼らを乗せた船が南太平洋の孤島から救難信号を受信する。それは十八世紀に発見された記録はあるものの、地図に記載されることなく忘れ去られた絶海の孤島・ヘンダース島だった。

千載一遇のチャンスに浮足立つクルーたちは、各々の目的のため、未開の島へと足を踏み入れる。そこが独自の進化を遂げた生物ひしめく、恐ろしく壮絶な生物圏だとも知らずに……。

世紀の瞬間を収めるべく構えられたカメラは、図らずも上陸班が動物たちの餌食となる様子を捉え、世界中へと配信してしまう。辛くも逃げ延びた生存者、植物学者のネル・ダックワースは、死んだ仲間の無念を晴らすため、アメリカ政府が派遣したNASAの調査団と共に島の調査を開始する。

驚異的な繁殖力を持ったヘンダース種が本土へと渡れば、既存の生態系は破壊され人類の絶滅も免れない。果たして彼らはヘンダース島の脅威から世界を守ることは出来るのか……。

感想

何ともまあパワフルな小説だった。邦題には「超進化生物の島」などと言うちゃちな副題が付いてしまっているが、本書はまさしくこの午後ロー感に相応しい、我儘でやんちゃな作品となっている。

構成はお世辞にも上手いとは言えない。物語の冒頭、肝心のモンスターたちの見せ場は唐突に切り上げられ、舞台は島から突如アメリカへ。後の登場人物の顔見せも済み、ようやく彼らの活躍が見られるのかと思いきや、島での事件は既に終わっており、政府から調査団が派遣されている始末。

パニックを起こしたいのか、あるいは自身のスペキュレーションを見せたいのか、はたまたハートフルな異文化交流を取り上げたいのか。著者の力点がその都度ころころ変わるため、読者はいまいち乗り切れないまま、書き手の思い付きに振り回されることとなる。

つまるところ、アイデア重視の作家の処女作にありがちな奔放さ、あるいは杜撰さを本書は遺憾なく発揮しているのだ。気になる点はそれだけではない。文章はあまり上手ではないし、キャラクターも紋切型、発想や着想は面白いものの、SFとしての説得力に欠ける描写が多い。訳者によればマイケル・クライトンの後継者との書評が本国では見られるとのことだが、それはお世辞が過ぎると言うものだろう。

これまたアイデア先行作家のデビュー作にありがちな要素だと思うのだが、一つの着想を二点間の論理的繋がりのみで解決・処理してしまっているのが目につく。これは自省の意味も込めて書いておくのだが、何か思いついたらすぐに形にはせず、三角形のように三点がそれぞれ補強し合うような論理関係を築き上げるべきであろう。

閑話休題

では本書の何が面白く、かつ魅力的だったのかと言えば、それは何と言っても舞台となる絶海の孤島、ヘンダース島に生息するビビッドな生物たちの姿と、その異常とも言える生態に他ならない。

かつて一世を風靡した(?)ドゥーガル・ディクソンによるドキュメンタリー、『フューチャー・イズ・ワイルド』のように、架空の生物の生態や進化を取り上げたジャンルのことを「思弁進化」もの、あるいは「思弁生物学」と呼ぶ。

本書はまさしくこの思弁進化ものの一作であり、小説としての欠点が少しばかりあろうとも、この驚異に満ちた生物たちの姿を拝めるだけで十分魅力的な作品なのだ。

甲殻類から進化し、銅由来の青い血を巡らせ地上へと進出した彼らヘンダース種は、どれも荒々しく暴力的で、見る者を惹き付けてやまない。それは表紙のイラストからも伺い知ることが出来るだろう。

そして姿形だけでなく、彼らが織り成す生態もまた驚異の一言に尽きる。彼らの世界に弱肉強食などと言う言葉は存在しない。驚くべきことに、彼らはその貪欲さとバイタリティから互いが互いに対する捕食・被食の関係にあるのだ。そんな万人の万人に対する闘争とも言うべき、血で血をならぬ種で種を洗うほどの生存競争は、一大スペクタクルの様相を呈し下手なドラマよりもドラマチックで面白い。

思弁生物学の魅力。それは既存の価値観を壊し、知らず知らずの内に生命の神秘を侵してしまう背徳感にあると思っているのだが、本書はその要件を十分に満たし、思弁進化ものとして楽しめる一冊となっている。

先にも書いたように、小説としての面白さを期待すると少し肩透かしを食う恐れがあるが、カンブリア紀からガラパゴス化した島が如何なる進化を遂げたのか、この手の作品が好きなら是非とも自分の目で確かめてみて欲しい。

▶フラグメント 超進化生物の島 ( Flagment / 2009 )
▶作者:ウォーレン・フェイ ( Warren Fahy )
▶Original conceptart:Claudia Mullaly
▶Jacket Design:Hayakawa Design
▶訳者:漆原敦子
▶発行所:早川書房
▶発行日:2009年8月15日