たぶん個人的な詩情

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【読書感想】シモン・ニューコム「暗黒星」――暗黒星がもたらす人類の終末。科学者らしい客観的な筆致と、涙香による味わい深い翻訳が魅力の破滅ものSF。

はじめに

ここ数週間、長年ほったらかしていた部屋の掃除に手を出していまして、部屋はちょっとずつ片付いて来たものの、喉をやられて今も絶賛体調崩し中。ブログの更新が疎かになっているのもそれが原因の一つだったりします。

まあその甲斐あってか、長年失くしていた物が見つかったりと、部屋が綺麗になるだけではない恩恵を実感したりしてはいるのですが、そんな数ある失せ物の一つが電子書籍端末の代名詞、Kindle Paperwhite。購入履歴によると買ったのは5年前のことらしく、それから二つも新しいモデルが出ていると聞くと時の流れを感じさせられます。

買った当初は物珍しさから使っていたこのKindle、結局電子書籍が肌に合わずこれまでほったらかしにしていたんですが、青空文庫を読んだりするのには便利ではないかと思い至り、見つけてからは結構な頻度で使っていたりします。

ちなみに自分の使っている第7世代は頁を捲る際に少しラグがあったりと、スマホに比べるとちょっと気になる点はあるものの、恐らく今のバージョンだと改善されているはずなので、興味があったら購入を検討してみてはいかがでしょうか。辞書が搭載されているのは地味に嬉しいですし、何より他のアプリの通知に煩わされないのは読書に集中しやすくてとても良いです。流石は専用端末。

と、そんな宣伝めいた前置きはこのぐらいにして、今回は先日読んだ青空文庫の作品より、黒岩涙香翻訳によるシモン・ニューコムの「暗黒星」(The end of the world)の感想です。青空文庫では探偵小説や怪奇小説と並んでSFの類を意識的に読んでいますが、海外の翻訳SFは青空文庫の中でも比較的珍しい気がします。

あらすじ

舞台は科学が発達し尽くしてから更に数千年が経過した遠い未来の地球。人々は争いもない世界で平和ながらも起伏に乏しい生活を送っていた。しかし、そんな日常は突如として終わりを告げる。宇宙を飛来する暗黒星が太陽へと向かっているとの報告が天文台からなされたのだ。

人々がその報告に沸く中、ある科学者は自らの予測を内々に告げる。もし暗黒星が太陽へと衝突したら、太陽から多大な熱気がもたらされ、地球の文明は滅びるだろうと。

暗黒星衝突の瞬間は刻一刻と迫り、遂にその時が訪れる。世界各地から甚大な被害の報告がなされる中、地下のシェルターへと逃げ延びた科学者一派は辛くも難を逃れる。果たして生き残った彼らが見た地上の光景とは……。

感想

著者は19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した、アメリカの天文学者兼数学者のサイモン・ニューカム。彼の名にちなんだ小惑星や月のクレーターがあるぐらい功績のある方のようですが、私は今回初めてその名前を知りました。

ja.wikipedia.org

そんな科学者である彼が描くのは、あらすじにも書いた通り、暗黒星*1の飛来によってもたらされる人類の終末です。いわゆる終末もの、破滅ものと呼ばれるタイプの作品となっているわけですが、本作の特徴かつ面白いところは、この手の作品にて度々見受けられる、破滅を前にした人々の混乱がほとんど描かれていないことでしょう。逃げ惑う人々の様子は最小限描かれますが、それはあくまでト書きの内に留まり、彼らの絶望や苦しみの声は聞こえてきません。歴史書や報告書かのようなこうした客観的な記述は、まさしく著者の科学者らしい態度の現われだと言えるでしょう。

そして迫り来る滅亡の原因に対して人類がなんら対策を講じようとしない点も本作の特徴の一つだと思います。隕石がぶつかるともなれば、『アルマゲドン』や『ディープ・インパクト』のように何かしらの解決方法を模索するのが王道の展開です。しかし、本作の人類はただ指を咥えて暗黒星が太陽にぶつかるのを待つのみ。それは何故か。

こうした消極的な人類の態度は、本作の記述と同様に、著者が科学者であることが大きく関係しているように思われます。そう考える理由は二つありまして、まず一つは、この作品における科学技術の限界が、著者の考える科学の限界を反映していることが挙げられます。

と言うのも、この小説には奇妙なほどに飛行する機械の類が登場せず、宇宙船はおろか飛行機さえも姿を見せないのです。これについては読んでいる最中とても不思議に思っていたのですが、著者のウィキを読みその理由に納得が行きました。

どうもこの作品の著者ニューカムは、当初「空飛ぶ機械」の実現は不可能だと考えていたようなのです*2。であれば、地球からの人類の集団移住やミサイル等で星をぶっ壊そうなどと言う打開策は、著者からすればリアリティを欠いた荒唐無稽な発想以外の何物でもないでしょう。

二つ目の理由は、人類が抗さなかった理由と言うより、作者がこのような結末を描いた理由なわけですが、それは作中でも示される人類文明に対する作者の科学者らしい相対的な態度によると考えられます。それはつまり、人類文明をあくまで地球史における通過点に過ぎないとする物の見方です。結末にて語られる人類の滅亡と地球史の展望についての博士の言葉は、著者の世界観を現すとともに、物語のラストに相応しい壮大で奥行きのある内容となっています。

また、あたかも昔懐かしの空想科学小説と言った趣きの涙香の翻訳も味わい深く、淡々と描かれるカタストロフィの描写は中々に読み応えがあります。今読んでも十分楽しめる内容となっていると思いますので、興味があれば是非ご一読を。

おわりに

最初にも書いた通りここ最近どうも体調が芳しくなく、気付けば今年も終わりと、思えば散々な年末だったわけですが、まあ過ぎてしまったものを悔いてもしょうがないですし、年が変わろうが変わらなかろうが結局やることは変わりませんので、今後も精一杯やれることをやっていきたいと思います。

では、少し早いですが良いお年を。

▶暗黒星 (The end of the world
▶作者:シモン・ニューコム
▶訳者:黒岩涙香
▶初出:「萬朝報」、1904年5月6日~5月25日
▶底本:『闇×幻想13=黎明―幻想・怪奇名作選』、ポチ編、ペンギンカンパニー

*1:詳しい記述はないものの、恐らく光を極端に反射しない彗星の類か。

*2:Wikipediaによると、その後ニューカムはこの考えを少なからず改め、ライト兄弟の実験の結果を聞くとすぐにそれを受け入れたらしい。