たぶん個人的な詩情

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【読書感想】マルセル・F・ラントーム『騙し絵』――警官監視のもと盗まれたダイヤモンドの謎。二次大戦中、捕虜収容所で書き上げられたフランス産本格ミステリ。

はじめに

気付けば前回の更新から2ヶ月ほど更新が途絶えていたこのブログ。Twitterの更新もほぼ止まり、周りからすれば生きているのか死んでいるのか分からないような有様でしたが、実際は特に何事もなく、健康このうえなく日々の生活を送っていました。

で、ブログも書かずその間なにをしていたのかと言えば、年甲斐もなくゲームにハマってしまいまして、時間の許す限りポチポチとゲームをしていたのでした。

遊んでいたのは今さらながらの『ポケットモンスター ソード・シールド』。今年の初めに発売した『アルセウス』を遊んだところ、無性にポケモンへの懐かしさが込み上げてきまして、ひと段落付いたところで『剣盾』をプレイし始めることに。

一週間ほどでガラル地方を駆け抜けただけでは飽き足らず、通信対戦にものめり込み後は泥沼。人生初のポケモン育成・厳選にも手を出してしまい、気付けば2ヶ月が経っていたのでした。ブログのこと自体は常に頭の片隅にはあったものの、その頃はアクセス数の伸び悩みや手応えのなさもあり、ブログのモチベ自体低下していたんですよね。

とは言え、何事も月日が解決してくれるとはよく言ったもので、ようやく手応えとかを抜きにただ「感想を書きたい」という気持ちになったので、今回は先日読んだ本格ミステリ小説の感想を書いていきたいと思います。

あらすじ

一代で財を成した実業家、ヴィクトール=ウジェーヌ・プイヤンジュ。彼が孫娘・アリーヌへと遺した253カラットものダイヤモンド「ケープタウンの星」。長年銀行の金庫に保管されていたダイヤが彼女の結婚に際して披露される時、事件の幕が明ける。

各国から集められた警官の監視下にありながら、「ケープタウンの星」がいつの間にか偽物にすり替えられてしまっていたのだ。犯人はいつ、どうやってダイヤモンドをすり替えたのか。ダイヤモンドの行方も分からぬ中、新たに不可解な事件も起こり……。アマチュア探偵ボブ・スローマンが挑む本格推理小説

感想

本格好きの人間は本格の何を楽しみ、何に惹かれているのか。答えは人それぞれあるでしょうし、ここでそれを一々挙げていくつもりはありませんが、私自身が最も本格に期待している要素と言えば、それは特有の「シチュエーション」、あるいは本格からしか聞こえてこない「息づかい」に他なりません。

その息づかいは殺人の有無に関わらず、本の行間から自ずと聞こえてきます。今にも陸の孤島となってしまいそうな館や、怪盗からの予告状、凄惨な殺人、これみよがしな見立て殺人と言った要素がなくとも、本格特有の「息づかい」は聞こえてくるのです。

令嬢の結婚式当日、警官が目を光らせる中で行われたダイヤモンドのすり替え。そんな不可能犯罪に挑むのは、なぜだか警察に顔が利くアマチュア探偵とその助手である語り手の二人。これだけでも楽しくなってしまうのに、次から次へと起こる不可解な事件と、探偵による謎解きの前に挟まれる「読者への挑戦」。これらを前にして興奮しない本格好きは、モグリと言って差し支えないでしょう。

読者への挑戦があることからも分かるように、本作は本格の面白さの一つである「謎解き」という部分に力が入れられています。もちろん、その謎は古典特有(?)の大らかさに支えられ、「実行可能なぎりぎりの」*1謎解きとであることは紛れもない事実です。しかし、それについてここでとやかく言っても仕方ないですし、実際に読んでみて判断して欲しいと思います。

トリックがぶっ飛んでいるのは確かですし、それは流石に無理があるだろ!とツッコミもしたくはなりましたが、個人的には楽しめる範疇なので無問題。ただし、私が雰囲気が良ければ大体許せるタイプのミステリ読みなので、反対に緻密な謎と対峙したいタイプの人はやめた方が良いかも知れません。

ちなみに、これがフランス産の本格ミステリであるのは注目すべき部分でしょう。訳者の言葉を借りれば、「密室ミステリの古典『黄色い部屋の謎』を生みながら、本格ミステリは不作だと言われていたフランス・ミステリ」*2からこのような本格派の作品が、しかも戦時中に捕虜収容所で*3書かれたというのだから驚きです。

フランスのミステリに詳しくなくとも、かの国のミステリの傾向がサスペンスや暗黒小説に偏っているという私の印象はそう間違っていないはず。そうした風潮があったからこそ、英米のサイコサスペンスのような要素を取り込んだ『クリムゾン・リバー』が持て囃された、という話は下記の記事でも少し触れました(奇しくも訳者は同じく平岡敦さん)。

bine-tsu.com

ただ当時のフランス読書界では本格ミステリが肌に合わなかったのか、ラントームの作品は思ったような反響を得られず、彼は本作を含めた3本のミステリを書いたのちに作家業を引退。知る人ぞ知る幻の作家となってしまったそうです。

けれど現在フランスでは彼の作品が復刊されたりと、再評価の向きもあるようで、そんなラントームの作品が日本語で読めるというのはありがたいことだと思います。単にフランスにおける本格派と言う観点からも読んで損はないかも知れません。

また、作中ダイヤモンドを警備することとなる六か国の内の一つが日本であるのは日本人としては見逃せないポイントでしょう。禅の心得がある警官・サトウに対する探偵役の発言や彼の描写等は、少ないながら一読の価値ありです。

おわりに

久しぶりのブログとあって文章の書き方に手間取ったりしましたが、なんとか書き終えほっと一安心。先にも書いた通り、ただブログを書きたい、感想を書きたいという境地にようやくなれたので、自分のペースでテキトーに更新していきたいと思います。

あと、これまでは本や映画の感想ばかり書いてきましたが、遊んだからには『剣盾』及び『アルセウス』の感想も書けたらなとは思っています。今さらですが。もちろん引き続き本や映画の感想は書いて行く予定です。積んでる本はたくさんありますし。

ではでは。

▶騙し絵 / Trompe-l'œil (1946)
▶作者:マルセル・F・ラントーム
▶訳者:平岡敦
▶カバー写真:Rex Features/PPS通信社
▶カバーデザイン:本山木犀
▶発行所:東京創元社
▶発行日:2009年10月30日 初版発行

*1:平岡敦「訳者あとがき」、マルセル・F・ラントーム『騙し絵』平岡敦訳、東京創元社、2009年、329頁

*2:同書、325頁

*3:著者のラントームは第二次世界大戦中、捕虜生活の退屈をしのぐ目的でこの作品を書いたという。詳しくは「訳者あとがき」を参照。