たぶん個人的な詩情

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【読書感想】『黒いピラミッド』――呪いのアンクと黒い金字塔。呪いを解くべく赴くは始まりの地エジプト。

黒いピラミッド

はじめに

いつか「かつて存在した日本ホラー小説大賞」、などとわざわざ書かれてしまう時代が来るのかも知れない。既にこの賞がなくなって4年も経つことにふと思い至り、思わずそんなことを考えてしまった*1

改めて歴代の受賞者を見てみると、まさに錚々たる面々がその名を連ねている。瀬名秀明小林泰三貴志祐介などなど、ここ出身の作家だけでも名前を挙げて行けば切りがない。受賞作をその都度追っているわけではないが、実はこのブログでも二作ほど感想を書いていたりする。

bine-tsu.com

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両作ともにホラーというジャンルの可能性を感じさせられた作品であり、改めてこの賞が日本のホラーを牽引してきたことを実感させられる。そして何を隠そう、ホラー小説大賞最後の大賞受賞作こそ今回感想を書いて行く『黒いピラミッド』に他ならない。

応募時のタイトルは「ピラミッドの怪物」。改題前も後も、共に洒落っ気のない愚直なタイトルではあるが、作品の雰囲気と合っているし、むしろ好感が持てるのは私だけではないだろう。

あらすじ

聖東大学にて同大学の教授が無惨にも殺された。犬のマスクを被り、アヌビス神に扮した男に殺されたのだ。「黒いピラミッドが見える。あのアンクは呪われている」。狂乱の果て、犯人はそう言い残し自ら命を絶つ。

彼の死を目撃した講師の日下美羽は、不審死と男の言葉に疑問を抱き、由来不明のアンクを調べることとなる。果たして呪いのアンクはどこから来たのか。美羽は無事アンクの呪いを解くことが出来るのか……。

感想

始めに断っておくと、本作は「完成度」の高い作品ではない。素人目に見ても構成や文章に難はあるし、見せたい要素を詰め込むに詰め込んだ処女作らしい粗さも目立つ。人物描写も表層的だ。

では本作は駄作なのだろうか。もちろんそうではない。この本にはそれらを補って余りあるほどのリーダビリティが確かにあるのだ。一度読み始めたら最後、一気読み間違いなしの展開に次ぐ展開は素晴らしいの一言に尽きる。

そんなリーダビリティを支えているのは、読者の想像力を刺激するビジュアル重視の表現の数々だろう。アヌビス神に扮した男による大学教授撲殺事件。呪いの犠牲者に纏わりつく黒いピラミッドの幻影。壮大なピラミッドと広大なエジプトの砂漠……。

こうしたイメージは読者を物語に引き込み、読む者の「目」を楽しませる。そして視覚的な描写の他、呪いのアンクに意味深長な詩、知られざる古代遺跡など、読者が求めるけれん味がふんだんに盛り込まれているのも見逃せない。

本書は大きく二つのパートに分かれているのだが、謎が謎を呼ぶ前半のホラーパートはもちろんのこと、後半の冒険小説めいたアドベンチャーパートもテンポが良くて読みやすい。まさにエンタメ極振りの古き良き小説と言った印象で、この時代によくぞ書いてくれた、と思わずにはいられない。

著者の経歴を調べてみると、どうやら出身は映像畑らしく、映画の脚本家を経てエジプト調査の記録班として調査に同行。その後は古代エジプト関係のテレビ番組の演出などに携わっていたらしい。

経歴を知ると、本書の分かりやすい表現と映像作品的なテンポの良さはこうした経験に基づくものだと思わず納得してしまう。文章媒体から出発していないからか、文章が簡潔で分かりやすいことも著者の持ち味と言えるだろう。

また本作の肝であるエジプトの描写についても著者の経験が生きているように思う。特にエジプト各地の雰囲気や風土の描き方は見事で、カイロに始まり、アレキサンドリアにファイユームなど、一所に留まらずにエジプトを舞台に出来るのは著者の経歴あってこそに違いない。

ラストの展開も含めて好みは分かれそうではあるし、正直この「飛躍」と作者の提示する「仮説」が綺麗に結びついている気はしないのだが、そこはご愛敬。あまり深く考えずに読むエンタメとしては十分楽しめる作品となっている。

ちなみにこちらの作品、続編『ツタンカーメンの心臓』の発売に合わせてか、現在「聖東大学シークレット・ファイル」の副題が付いて角川ホラー文庫より刊行されていたりする。

いかにも続きがありそうな終わり方だったので道理でという感じだが、どのようにこの先展開するかはとても気になるので、見かけたら手に取ってみたいところ。内容が気になるのもさることながら、構図や配色がビビットで魅力があり、何より表紙の神々が本当に素晴らしい。

おわりに

この本を読んだきっかけは、先日『クトゥルフ神話TRPG』のシナリオを書くためにエジプト関連の本を物色していた際、偶然検索にひっかかったため。結局エジプトネタはまとめきることが出来ず、逃げるような形でB級アクションパニックホラーのようなシナリオを遊んでもらうことになったのだがそれはまた別の話。

感想にも書いた通り、いい意味で現代の作品とは思えない作風は今となっては貴重だと思うので、書きぶりがこなれたとしてもこの特色は失わないで欲しいと切に願う。ちなみに終盤のある展開に、『妖怪ハンター』の短編である「蟻地獄」っぽさを感じるのは私だけだろうか……。

▶黒いピラミッド
▶著者:福士峻哉
▶装画:遠藤拓人
▶装丁:須田杏菜
▶発行所:KADOKAWA
▶発行日:2018年10月31日初版発行

*1:現在は「横溝正史ミステリ大賞」と統合され「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」となっている。