たぶん個人的な詩情

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【読書感想】アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』――デジタル社会に取り残された脳髄。人類はスマホに適応できたのか。

はじめに

スマホに人類の脳の進化は追いついているのか。本書が全編を通して投げかけている疑問はまさしくこれだ。「スマホ脳」と言うタイトルから、私はてっきりスマホを中心としたデジタル社会の誕生によって、使用者の脳はどのように変化してきたか、そして変化してしまったのかを語っているものだと思っていた。

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

 

しかし、本書で語られていたのはまるで正反対のことだった。先の疑問への著者の回答はずばりこうだ。私たちの脳はスマホに適応できていない。つまり脳は一向に進化出来ていないと言うのだ。本書では如何に脳が「スマホに使われてしまっている」のか、数々の研究データや考察を交えて解説している。

感想

そもそも私たちの脳は、かつて人類がアフリカで狩猟採集生活を送っていた頃から何も変わっていない。だからこそかつて貴重だったカロリーは美味いと思ってしまうし、目の前のスナック菓子にはついつい手を伸ばしてしまう。

カロリーに貪欲であること。それは食料が貴重だった時代には必要な性質だったが、現代社会においては肥満を招き、糖尿病を引き起こす足枷となっている。

このような脳と現代社会のミスマッチは、スマホの使用においても起こっていると言うのが著者の見解だ。例えば、私たちはついついスマホを手に取ってしまう。メールが届いていないか、誰かからチャットが来ていないか、自分のツイートにファボが押されていないだろうか、などなど。

著者によれば、その原因はドーパミンにあるという。報酬物質と呼ばれるこのドーパミンだが、実は効果はそれだけではない。何に集中するかを選択させること、言わば人間の原動力とも言える性質をドーパミンは持っているのだ。

常に周りに気を配る必要のあった時代において、新奇なものに興味を持つことは生存において何より重要であった。だからこそドーパミンは報酬を与えることで真新しいものに興味を向けさせる。しかも、報酬を生み出す興味の対象はその物自体ではなく、それが起こる可能性、期待に対してなのだ。

なるほど、人がギャンブルやソシャゲのガシャに依存してしまうのもこれで肯ける。私たちはスロットで7が並ぶ可能性を期待し、SSRが引ける瞬間を夢想している。そして言うまでもなく、スマホは「期待」の温床だ。私たちがスマホを手にする時、私たちは来ている「かも知れない」通知に踊らされている。

先ほどスマホを使う脳は進化していないと書いたが、仕組み自体に変化はなくとも、脳はその影響を強く受けている。例えば集中力。私自身身に覚えがあるが、この頃とみに集中力が続かないことを実感する。原因は一つではないが、その原因の一つはスマホにある。スマホが与えてくれる期待に、私たちの集中力が削がれているのだ。

こうしてブログを書いている時ですら、ついつい傍らにあるスマホに手を伸ばしてはアプリを開き、ながら書きをしてしまう。マルチタスクと言えば聞こえはいいが、人間は一つの行動から次の行動へと移る際、先にしていた行動を引きずっている。これを注意残余と呼ぶそうだが、このためにマルチタスクは意識の高い行動の割に効率が悪い。

では作業中にスマホを触らなければ良いのでは、と考えるかもしれないが、残念ながらそうではない。厄介なことに、触れておらずともスマホは私たちに強い影響を与えている。スマホが机の上に置かれているグループと、別室にスマホを置いてきたグループに同じ作業をさせる実験において、明らかに後者の効率が前者を上回っていたのだ。……前者のグループがスマホに触っていないにも関わらず。

この原因について、著者は前者のグループがスマホを「触らないこと」に脳の容量を割いてしまっているからだと考える。私たちがこうもスマホに縛られていると聞くと恐ろしいものがあるが、言われてみれば確かに身に覚えがある。授業中、ポケットの中のスマホが気になり、勉学が疎かになってしまったと言う経験は誰しもきっとあるだろう。

またスマホの使用率増加に伴い、うつ病睡眠障害の患者が増えていると言う研究結果もある。学習面においても成績の低下と言う形で若者への影響は出ているそうだ。

もちろん、精神的な問題はブルーライトSNS上の問題とも密接に繋がっている。そのためスマホ自体に問題があるのかと言われると一概にはそうとも言えないのだが、ブルーライトSNSを身近にしてしまった原因はスマホにある。これはまず間違いない。

では、このような状況にあって私たちはどうすれば良いのか。このご時世にスマホを捨てるというのはナンセンスだし、現代文明を捨て自然に帰るわけにもいかない。ただやれることはある。それはまず知ることだ。

私たちがスマホSNSにハマってしまう原因を知ること。原因を知ること自体ももちろん重要だが、それが人間に生来備わった機能に由来し、自分にすべての責任があるわけではないと知ることは、多くの人の慰めになるに違いない。 

体を動かすこともスマホのもたらす弊害を解消する役に立つ。スマホが奪ってしまった集中力を回復し、ストレスを予防する効果があるとのことだ。

スマホを触る時間を減らし、適度な運動をする。本書からのアドバイスは言ってしまえばこれだけだと言って良い。内容が重複する部分も目立つし、取り扱う問題の射程が狭いのも否めない。学術的な関心を満たすにはいささか物足りないだろう。

とは言え、今私たちが陥っている現状を把握するための一助にはなるし、進化の観点から問題の原因を考えると言う切り口は面白かった。スマホの使い方で悩んでいる人はもちろん、子どもにスマホを与えている保護者の方々には是非とも読んでみて欲しい。

おわりに

それにしても、今から十年前には今のようなデジタル社会が来るとは思ってもみなかった。正直言って、私はSNSスマホが普及している中高生時代を想像できない。私が高校生だった頃はまさにスマホ普及の過渡期にあった。iPhoneを持っているのはクラスの中でもごく一部で、Twitterにしても、クラスメイト全員が繋がり合う程主流ではなかった。私がクラスの輪の中に入れていなかった、とかではなく。

iPod touchスマホの真似事みたいなことはしていたけれど、やはりコミュニケーションの主流はガラケーを使ったメールだったし、Skypeにしても、パソコン越しに人と喋るためのツールでしかなかった。

誰かと繋がれていないことに今ほど不安を感じることもなければ、タイムラインを眺めては他者と自分を比べてしまうような環境に身を置くこともなかった。その時代に生まれていればまた違ったのかも知れないが、正直「助かった」と言う思いが強い。もし学生時代にスマホが流行っていたら、きっと心を病んでいただろうから。

と、最後は自分語りとなってしまったが、個人ブログと言うことでご容赦頂きつつ今回はこの辺で。SNS以上にYou tubeが人を馬鹿にしてしまっている気がするのだが、それについては日を改めて記事にしてみたい*1

スマホ脳 / SKÄRMHJÄRNAN(2019)
▶著者:アンデシュ・ハンセン
▶訳者:久山葉子
▶発行所:新潮社
▶発行日:2020年11月20日初版発行

*1:簡単に言えば、アルゴリズムに基づいて見たいであろう動画が表示される現状は異常だと思う。雛が口を開けて親鳥からエサを与えられているかのように、私たちは受動的な馬鹿になってしまっているのではないか。