はじめに
先日のある日のこと、たまたま寄ったブックオフにて、以前より気になっていた小説を発見しました。しかも100円で。
どこでその存在を知ったのかは覚えていないものの、認知して以来、アマゾンの欲しいものリストに突っ込み、頭の片隅に残っていた本。その名も『恐怖の誕生パーティ』。
これ幸いと即座に購入し、早速読み始めたところ、これがかなり面白かったです。王道のサスペンス小説であり、展開もオーソドックスながら、驚きの展開もある。翻訳の文章も読みやすく、一気に読んでしまいました。
夫の過去がすべて偽りだと判明し、疑心暗鬼に陥る新婚の妻を描いた、サスペンスかつヒトコワ系ホラーでもある本作。雰囲気はA級午後のロードショー、と言ったら伝わるでしょうか。
頭を使わなくても楽しめる分かりやすいエンタメで、シンプルだからこその面白さがあります。知っているようで実は知らない身近な人の過去、という題材も、自分の身にも起こり得そうな話だけに、読者の興味をそそります。
と、前置きはこれぐらいにして、今回は新潮文庫より翻訳の出ていた、ウィリアム・カッツの『恐怖の誕生パーティ』の感想です。途中からネタバレにも触れていくので、未読の方はご注意ください。
あらすじ
結婚後、初の夫の誕生日にパーティを開くこととなったサマンサとマーティ夫妻。彼女はサプライズとして夫の過去の知人や友人、恩師からコメントをもらい、あわよくばパーティにも招待したいと考えていた。
しかし、このサプライズを企画したために、順風満帆に見えた結婚生活に暗雲が立ち込め始める。マーティの学校、職場、軍の記録。過去を調べても調べても、彼の記録が一切見つからないのだ。
サマンサが夫の経歴に悩む中、警察はある連続殺人事件を追っていた。12月5日に鳶色の髪の女性を殺す殺人者。奇しくもサマンサは綺麗な鳶色の髪をしており、夫・マーティの誕生日は12月5日で……。
感想
結構早い段階で真相というか、作品の方向性が明らかとなり、中盤ちょっとだれた感じはしたものの、そこから盛り返してしまうのだからすごい作品です。
文章が読みやすいのはもちろん、やはり何と言っても結末への関心が頁を捲る手を止めさせません。400頁ほどある文庫本なんですが、一気に読み進めてしまいました。
マーティは本当に殺人鬼なのか。もしそうなら、彼はサマンサを手にかけるのか。結末が気になって最後まで目が離せません。
また、夫の過去が実は嘘でしかなかった、というストーリーも面白いポイントです。実際、私たちは父や母、恋人や友人の語る過去を、疑うことなく受け入れています。
しかし、実際はどうなのか。普段は疑いもしない過去であっても、薄皮一枚剥いでみれば、虚飾に塗れた真の姿が現れるかもしれない。この手のゴシップは、正直他人事なら楽しめる類のものであり、小説なら気兼ねなく、思う存分楽しむことができます。
それにしても、良かれと思って企画したサプライズがこのような事態を招いてしまうというのは、中々に悲しいものがあります。原題の"Surprise Party"も、皮肉が効いていますね。
では、以下ネタバレ込みの感想です。未読の方はご注意ください。
ネタバレあり
夫のマーティが精神異常者の殺人鬼であることは早々に判明するものの、彼の異常性がどこから来るのか、そして結末はどうなるのか。この辺りがどうなるか分からないため、最後まで楽しんで読むことができます。
特に、パーティの最中にサマンサが自分の子を身ごもっているとマーティが知った後の展開は面白かったですね。
子ども可愛さからではなく、尊敬する父の血を継ぐ存在を排してよいのか、というのが殺人を躊躇う苦悩の原因なのは彼らしいですが、このために結末がどうなるのか分からなくなり、最後までハラハラして読むことができました。
また、一度犯行を取り止めたと見せかけて、時計を巻き戻す様には驚かされました。時間に執着し、時計を巻き戻すマーテイの姿は、中々に不気味でもあります。
そして何より、エピローグのオチは不意を突かれたのもあって、とても良かったと思います。弟がまさかお前だったのか、と。二人が結ばれて終わりかと思わせながら、トムがマーティに似てきた、という文章で一気に雲行きが怪しくなってくるんですよね。
しかも、既に「マーティ」は生まれており、「母さん」を殺すことだけができるというオマケつき。「ハンマーとチェーンを買った」というラストの一文も素晴らしいです。
おわりに
という訳で『恐怖の誕生パーティ』の感想でした。総じてクオリティが高く、想像していた以上に面白い作品で、たいへん満足です。
トマス・ハリスの『レッド・ドラゴン』が1981年。それから3年後の1984年に本作は発表されているわけですが、それでもこの手のサイコパスものとしては中々の古株と言えるでしょう。
特に、精悍なエリート男性サイコパス像というのは今にも通ずるイメージであったりするので、意外と影響力のある作品なのかも知れません。
なお、訳者あとがきによれば、映画化企画が動いているとのことではありますが、調べてみた限りそれらしい動きはなさそうです。傑作かはさておき、一定のクオリティの作品はできそうなだけに、ちょっと残念な気もします。
ちなみに、本作には当時の先端技術として、古い写真をもとに成人した姿を合成するというものが登場しています。実際にあったのかはちょっと分かりませんが、こちらの技術が「ミノルタカメラ」によるものだというのだから、時代を感じてしまいます。
と、話が逸れ始めたところで今回はこの辺で。ではでは。
▶恐怖の誕生パーティ / Surprise Party (1984)
▶作者:ウィリアム・カッツ
▶訳者:小菅正夫
▶カバー:上原徹
▶発行所:新潮社
▶発行日:1985年8月25日発行
1993年1月15日19刷発行