たぶん個人的な詩情

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【読書感想】『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』――今や資本主義経済にもっとも合致した鳥は、いかに人類との関係を深めて来たのか。

はじめに

今年に入って20冊ほど本を読んでいるが、その半数以上がKindle Unlimitedで借りた本だったりする。このサービスの魅力は改めて語ってみたいが、自分にとっての一番の魅力は、普段手に取らない本や見逃していた本、読み逃していた本と出会えることにある。

特に、普段手に取らない本を読む機会として、このKindle Unlimitedは便利だ。

例えばビジネス書。自己啓発系にしろ、ノウハウの書かれたタイプにしろ、私はビジネス書の類を買ったことがなかった。読んだ冊数も、アンリミテッドを始めるまでは5冊にも満たなかったはずだ。

ただ、仕事をする以上は読んでおこうと、昨年から意識的に読み始め、今年は既にビジネス書を4冊ほど読んでいる。4冊と侮るなかれ。20冊の内の4冊なのだから、それなりの割合を占めている。

これもKindle Unlimitedさまさまだ。

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期間限定でお安く体験できるタイミングもあったりするので、興味のある方はチェックしていただくとして、今日はKindle Unlimitedのお陰で出会えた本の感想を書いて行く。

ちなみに、ここまでビジネス書の話を長々しておきながら、今回感想を書くのはビジネス書ではない。けれど、面白い一冊だったので、気になったら是非ともお手に取ってみて欲しい。

感想

読んだのは、光文社新書より『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』。タイトルに偽りなく、人類に最も愛されている鳥と言っても過言ではない「ニワトリ」をテーマとした一冊となっている。

著者の遠藤氏は、獣医学や比較解剖学などを専門とする研究者で、ジャイアントパンダの第七の指の発見者とのこと。また調べてみると、数年前には推理小説の新人賞も受賞しているらしい。

その多才さには舌を巻くが、実際、本書での語り口にも文学的なエッセンスが香ってきており、さもありなん、といった感想を抱いてしまう。

星の数ほど刊行される新書界隈。ただただつまらない本も存在するが、面白い本の中にも種類がある。学術的に面白い本もある。

しかし、学術的な面白さもありつつ、著者の熱量からくる推進力が働き、読み手の手を自然と動かす、エネルギッシュな本もあったりする。

本書はまさしく、読者のページを捲る手を止めさせない魅力的な一冊だ。

資本主義経済とニワトリ

まず驚いたのは、世にいるニワトリの数。本書によれば、その数なんと日本だけで3億羽。人口の約三倍のニワトリが、日本には常に存在していることになる。

そして、これらの鳥が食用にしろ鶏卵のためにせよ、一定のペースで処理・廃棄されている現実がある。そこでは何よりも効率が重視される。

卵用鶏であれば、年間で60グラムの卵を300弱。食用であれば、生後8週目には出荷可能なサイズに成長することを要求され、わずか50日で「肉」となる。

餌についても、身体を太らせ卵のサイズを効率的に得られるよう、最適なものが選ばれる。生殺与奪の権利も彼ら自身にはない。卵用鶏の場合、初産を迎える160日目までに97%が生き残れるよう、脆弱な血筋は淘汰された。

まるで工業製品のような流れ作業だ。

これはもちろんニワトリに限った話ではないのだろうが、改めて、我々の食卓に並んでいる食材、特に畜産物生産の「工程」を目の当たりにすると、当たり前の裏側に目が行っていないことに気付かされる。

肉としてはもちろんのこと、卵になると、どこに含まれているか分かったものではないニワトリの畜産物。私たちは「空気化」したニワトリの中を生きている。

なぜ人はニワトリを家畜化したのか

ではそもそも、そんな資本主義に沿った家禽であるニワトリを、なぜ人々は飼育するようになったのか。オオカミから犬を、イノシシから豚を作り上げたように、我々人類は野生動物を家畜化してきた。家畜として生まれた動物など、存在しない。

理由など考えれば分かる。肉と卵を食用とするために、長い歴史の中で適切な個体を掛け合わせ、効率的な畜産動物を作り出したのだ、と。

一見正しいように見えるこの考え方だが、しかし、ここで見逃がしがちなことが一つある。それは、効率だけで動物が家畜化されてきたわけではないということだ。

例えばウシ。人類は原種であるオーロックスからウシを作り出した。現代人の感覚からすると、肉にしろ乳にしろ、ウシから取れる食材を目当てに、野生のオーロックスを家畜化したと考えてしまう。労働力のためでもあっただろうが、それも目的ありきの家畜化のイメージだ。

しかし、現実問題オーロックスは性成熟するまでに時間がかかる。気性だって荒い。労働力にするにしろ、牛乳を搾るにしろ、5年も育てて実用化するのは効率が悪い。

では、なぜ人々はオーロックスからウシを作り出したのか。

本書によれば、そこには人類の「心のエネルギー」が関係しているという。個人や社会の抑えがたいエネルギー、何としても傍に置いておきたい、という心のエネルギーがなければ、オーロックスを飼い始めることはなかった。

その目的の一端は、宗教的な目的、威信財としての飼育であったという。豊作への祈念のためにウシが必要だったのだ。そして、時代が下るにつれて、肉や乳の利用が目的とされていったのであろう、と。

それでは、ニワトリはどうか。

ニワトリの原種は、セキショクヤケイという東南アジアに分布する鳥だ。この鳥は、今のお肉たっぷりのニワトリのイメージからは想像できないほど小さい。母鳥は卵を守る習慣もあるため、おいそれと卵を取らせてもくれない。

言うならば、初めの選択肢として、食用の家禽とするには値しない鳥だと言うのだ。むしろ、飼い辛い鳥だとさえ言っていい。同じキジ科でもキジやヤマドリの方が飼いやすいのでは、と言うのが著者の考えだ。

それでは、なぜ人類はセキショクヤケイを飼育し始めたのか。

セキショクヤケイには、人間の多様な心のエネルギーを受け入れるだけの可能性があったと言うのが、本書の仮説だ。闘鶏、時計、占い、食用。この鳥は、様々な用途の使用に耐えてくれるのだ。

個人的に、人間の心性をとっかかりに、人間とニワトリの関係を掘り下げていく試みは読んでいて非常に面白く、本書の中でも一番惹き付けられた個所となっている。

それ以外にも面白いところは盛りだくさん

などなど、知的好奇心を擽られる内容はたくさんあるのだが、読み物として、またトリビア的な知識面でもこの本は面白い。

例えば、著者がセキショクヤケイを追い求めラオスを訪れた際の様子は、探検ものの本のような筆致で書かれており、また違った面白さがある。

その他、世界で改良されてきた数々の品種の紹介も面白い。中でも、ポーリッシュ、あるいはポーランドと呼ばれる品種の威容は個人的に惹かれるものがある。

また、洋の東西における闘鶏の違い、江戸時代に花開いた日本におけるニワトリの品種改良の歴史なども面白い。当たり前のように耳にしていた、比内地鶏についても、一つ詳しくなれるエピソードがあった。

おわりに

このように、人間とニワトリの関係を中心に書かれたこの本は、きっとニワトリについて興味を持ったことのなかった人が読んでも十分面白い一冊となっている。

実際、私もニワトリに興味があって読んだわけではなく、たまたまKindle Unlimitedに入っていたから読んだに過ぎない。それでも、この本はかなり面白かった。

それもこれも、著者のニワトリへの愛あってこそだろうと思う。その思いが溢れすぎるあまり、昨今の学問領域への批判や、鳥インフルエンザ周りの関連各所の対応への苦言などは、ちょっと温度差に驚くが、それも愛あってこそだろう。

実は、Kindle Unlimitedのラインナップには、新書も結構入っている。新書の価格も千円を超えた今、ちょっと気になる本を手に取るにはKindle Unlimitedのサービスは非常に重宝するのだ。

と、最後はサービスの宣伝みたいになってしまったが、今回はこの辺で。ではでは。


▶ニワトリ 愛を独り占めにした鳥
▶著者:遠藤秀紀
▶装丁:アラン・チャン
▶発行所:光文社
▶発行日:2010年2月20日初版1刷発行
     2013年4月30日電子書籍発行