たぶん個人的な詩情

本や映画の感想、TRPGとか。

たぶん個人的な詩情

MENU

【読書感想】南條範夫『からみ合い』――癌に侵された社長の遺産を巡るサスペンス。四人の隠し子探しを命じられた側近たちの思惑が絡み合い――。

はじめに

たまたまKindle unlimitedで南條範夫氏の小説『からみ合い』に出会った。氏の名は知らずとも、漫画『シグルイ』の原作小説『駿河城御前試合』の作者だと言えば合点の行く人も多いのではなかろうか。

偉そうに語ってはいるが、かく言う私も実は南條氏のことはよく知らず、昨年ふと『シグルイ』を読んでみようと思い立った際に、まずは原作からと言ういつもの悪癖のために、偶然読むことになったに過ぎない。

だが、この悪癖は思いがけない出会いを生んだ。『駿河城御前試合』は非常に面白かったのだ。結局、原作に満足して『シグルイ』は未だ読み終わっていないのだが、それぐらいこの小説は面白かった。

そんな南條氏の名前を見かけ、本の概要を読んでみると、どうも歴史小説や時代小説の類ではないことが見て取れる。しかも、江戸川乱歩から推理小説を書いてみないかとの誘いがあって、この本は書かれたというのだ。

これは読むしかないと意気込み、早速読み始めたのだが、これが非常に面白い。期待に違わぬ面白さがこの本にはある。

感想

舞台は現代。と言っても、執筆されたのは昭和三十四年のこと。戦後の動乱の中、一代で会社を立ち上げ成り上がった河原専造は、無情にも余命宣告を受ける。癌だ。

半年と言うゴールを知った彼は、ふとしたことからすげない態度を取る若き妻に全財産を遺すことを口惜しく思い、自らの隠し子の捜索を周囲の者に依頼する。その数4人。

彼は、子供たちの中から自身のお眼鏡に適う人物を選びだし、遺産を分配することにしたのだ。遺産の総額は、六千七百万円。現在の価値にしたら、十数億は下らない金額である*1

そんな遺産をめぐって各陣営は画策する。思惑が絡み合う。大がかりな事件が起き、探偵が犯人候補を集めて推理を披露する、と言った類の作品ではない。

描かれるのは、人間の業。そして女のしたたかさである。

南條範夫と言えば、残酷描写がその代名詞となっているそうだ。氏の作品は残酷ものとも呼ばれているらしい。確かに『駿河城御前試合』においても、試合の行われた広場には死臭が漂い白砂は血に染まった。

だが、この本にはそのような残酷描写は一切ない。ないのだが、私はこの本から非常に南條範夫を感じた。少なくとも、『駿河城御前試合』を読んでいる時に似た感覚を現代小説であるこの本から感じたのだ。

いくつか理由はあるのだが、その最大の要因は男を恣にする女のしたたかさである。そして女のしたたかさの背後には、当然男の醜さが表裏で存在している。

読んでいただければわかるが、『駿河城御前試合』において描かれた立ち合いの原動力の多くは肉欲であった。美女を得るために男は命を懸ける。

だが、女もただ報酬として座して待っているわけではない。意図するしないに関わらず女は男を意のままに動かす。

この『からみ合い』においてもそうだ。

そろいもそろって悪人ばかり、「全員悪人」と言っても過言ではない登場人物の中において、男が似たり寄ったりの描かれ方をしているのに対して、女性陣は魅力的に描き分けられている。

夫の遺産が分散されることを不意に知り、全部を手に入れようとする妻の里枝。専造の命を受け、子供の一人を探し出す秘書の宮川やす子。東京へ出るために虎視眈々と男を品定めするキャバレー勤めのマリイ……。

男は彼女たちを利用しようとするが、そうはいかない。御しがたい存在である彼女たちのために、彼らは目的を果たせず脱落していく。

男と女。互いの欲望が絡み合い、至る結末は必読もの。今ならKindle unlimitedで読めるので、兎にも角にも読んで欲しいと思う。

おわりに

誰の回し者という訳でもないが、感想とは名ばかりの作品紹介のような内容になってしまった。それだけ、読んでみて欲しいという気持ちが強く、ネタバレを書くことが憚られたのだ。

それにしても、本作を原作とする1962年の映画の面子は驚くばかりだ。監督は『人間の條件』で知られる小林正樹。死期の迫った社長の河村専造を山村聰、その若き妻・里枝を渡辺美佐子、その他のキャストとして、千秋実岸惠子宮口精二仲代達矢なども出演しているらしい。錚々たる面子だ。

今観ようとするとDVDで買うしかないようだが、流石にこれは観てみたい。ちょうど今Amazonではポイントアップのセールが行われているので、この機会に買っても良いかなと考えている。

セールに合わせて買うつもりのないものを買ってしまうのは負けた感があるが、欲しいものをセールに合わせて買うのは買い物上手だと、誰にするでもない言い訳をしたところで今回はこの辺で。ではまた。


▶からみ合い(1959)
▶著者:南條範夫
▶解説:縄田一男
▶カバーフォト:Shutterstock.com
▶カバーデザイン:welle design
▶装画:高橋将貴
▶発行所:徳間書店
▶発行日:2019年5月15日初版発行

*1:1981年に書かれた作者のあとがきによれば、その時点で十五億乃至二十億とのこと。何を基準に計算しているかは不明だが、経済学者の一面を持つ南條氏のことだから大きな祖語はないだろう。