たぶん個人的な詩情

本や映画の感想、TRPGとか。

たぶん個人的な詩情

MENU

【読書感想】モーリス・ルブラン『怪盗紳士リュパン』――怪盗の原点ここにあり。ルパン初の短編集を創元推理文庫で読む。

はじめに

私の悪癖の一つに、同ジャンルの作品に触れるなら、なるべく古いものから、と言うものがあります。特にSFとミステリ小説に対してはその傾向が強く、新作を読むのが疎かになってしまっている理由があるとすれば、この癖が原因の一つです。

ミステリで言えば、ドイル、クリスティ、クイーン、カー、チェスタトンヴァン・ダインなどなど、その辺りはいつか全部読んでおかないといけないと思っています。

もちろん「リュパン」の生みの親であるモーリス・ルブランもそんな「読まないといけない」作家の一人なわけです。とは言えリュパンについてはまったく読んだことがないわけではなく、子供の頃、講談社の児童書レーベル、青い鳥文庫に収録されていた作品を何冊か読んでたのです。が、いまいち記憶に残っていないと言う有様。

そんな中、図書館で「リュパン」シリーズをたまたま見かけ「ここで読むと決断しないと、きっと死ぬまで読まないで終わるぞ」と言う思いが不意に頭をよぎってしまい、読んでみることに。

手に取ったのは記念すべきシリーズ一冊目である『怪盗紳士リュパン』。新潮文庫堀口大學訳とも悩みましたが、シリーズのラインナップが揃ってそうな創元推理文庫版を選択。将来的にはシリーズを読破できれば、と言う秘めたる思いもあります。

ちなみに、帰宅後本棚を確認してみると、『怪盗ルパン怪紳士』のタイトルの青い鳥文庫バージョンを持っていることが判明。記憶にはないものの、もしかすると過去に読んでいたのかも知れません。あるいは、これが私にとって初の積読だったのかも。

青い鳥文庫の方はまた比較のために読んでみるとして、以下感想です。ネタバレのないよう書き進めていきますが、気になる方はご注意ください。

感想

こちらの『怪盗紳士リュパン』は、1907年に刊行された記念すべきシリーズ最初の一冊。収録されているのは以下の八つの作品たちとなります。

「アルセーヌ・リュパンの逮捕」
「獄中のアルセーヌ・リュパン
「アルセーヌ・リュパンの脱走」
「奇怪な旅行者」
「女王の首飾り」
「ハートの7」
「彷徨する死霊」
「遅かりしシャーロック・ホームズ

初登場作品であるのに逮捕と来るのだから驚かされますが、続く「獄中のアルセーヌ・リュパン」「アルセーヌ・リュパンの脱走」で、なるほどそう来るのか、と言った並びになっているのが面白いところです。

解説によると、モーパッサンフロベールに影響を受けた心理小説を書いていたルブランに、ある編集者が自身の雑誌のために冒険小説を書いてみるよう勧めたのがすべての始まりだったのだそう。そこで書かれたのこの「アルセーヌ・リュパンの逮捕」。

このピエール・ラフィットと言う編集者は、ここですぐさま掲載には踏み切らず、リュパンが登場する作品を追加で書くよう依頼。それが成功を収め、以降ルブランはリュパンシリーズを書いていくことになったそうです。

言われてみると、この「逮捕」は一編でも完成している作品であり、普通に短編として面白いんですよね。だからてっきり、この作品が世間に受けて追加で作品を書き連ねていったのだとばかり考えていましたが、まさか名編集者の英断があったとは。

そのお陰で、ホームズが誕生してからおよそ二十年後、世界は一つの類型、怪盗と言う原型を手に入れたわけです。

怪盗もののエッセンスが凝縮された一冊

怪盗と言うと、例えばそれこそモンキー・パンチ氏による『ルパン三世』、青山剛昌先生による怪盗キッド、個人的には、はやみねかおる先生の怪盗クイーンなど、数々のキャラクターが日本だけでも生み出されています。

そんな彼らの活躍には、いわばお約束のような展開が用意されています。中でも、銭形警部による「ばっかもーん!そいつがルパンだ!」は定番中の定番。

これは怪盗が他の人物に成り代わり、捜査の網をやり過ごすと言う、分かってはいても盛り上がる新喜劇的なネタなわけですが、処女作品集から既にそんなネタが見られるわけなんですね。

変装が得意である他にも「怪盗ものあるある」はたくさん使われていて、後続作品の影響でオチの予想はついても読んでいて面白いです。怪盗と言えば予告状ですが、そんな感じの短編もあったりします。

怪盗と言うキャラクターの原型

怪盗ゆえの多面性ゆえか、はたまたルブランの中でまだキャラが定まっていないからなのか、この短編集においてリュパンは様々な顔を見せます。

しかし通底するのは自信家で女性には紳士的、そして意外と人間的な感情を見せると言うことです。何というか、リュパンについては超然とした印象があっただけに、これは少し意外でしたが、より魅力的な人物に感じました。

また、自信家であることも納得の鋭い頭脳を持っており、怪盗としての経験を活かして探偵らしい活躍も見せます。この怪盗が探偵役をするエピソードも、怪盗あるあるの一つですよね。

更に、意外にも愛国者らしい一面を見せているのも面白いところ。思えば、かのシャーロック・ホームズも英国のためスパイ逮捕に協力したりしています。国家を代表して他国と渡り合う。二十世紀初頭と言う時代背景を感じさせられる要素でもあります。

ちなみに、作中ではシルクハットにモノクル、と言った怪盗コスチュームは披露しておらず、どうやらホームズの鹿撃ち帽とインバネスコートと同様に、雑誌掲載時の挿絵が独り歩きしてしまった結果のようです。

ミステリとしても面白い

なお、今回読んでいて服装以上に良い意味で裏切られたのは、作品が推理小説としても十分に面白いところ。どちらかと言えば冒険小説的なイメージを持っていただけに、これは思わぬ収穫でした。

ネタバレになるので避けますが、後続のミステリにて使われているようなトリックの原型が既に使われていたりします。

推理小説として面白かったのはやはり一作目である「アルセーヌ・リュパンの逮捕」。続く「獄中」と「脱走」もオチの予想はついても面白かったです。

また、ギミックとして建物の仕掛けが多いのは、リュパンシリーズの特徴なのかも知れません。実際、探偵もの以上に、怪盗ものの場合こうした大掛かりな仕掛けのイメージは強いですし、冒険小説めいた推理小説のテイストを感じます。

各短編感想

以下、各短編の感想をネタバレありで書いていこうと思います。

アルセーヌ・リュパンの逮捕

船旅の最中、船の中にリュパンが変名で紛れ込んでいるとの電信が届き、乗客が互いに疑心暗鬼に陥ってしまうが…。

いわゆる叙述トリックであることは予想が付くものの、作りは丁寧であるしネリー嬢との別れについても中々に読ませる。海上に届く電信、コダックのカメラなど、時代を反映させた道具が用いられているのも興味深い。流石にルブランがこれ単品で書き上げただけあって、一つの短編として面白い一品。

ただし、リュパンが届いた電信を如何にごまかしたのか、と言ったトリック面の説明がないのが少し消化不良。もしあのまま電信が届いてしまったらどうしたのか。お仲間による小細工だったのか…。

獄中のアルセーヌ・リュパン

数々のコレクションを所蔵するカオルン男爵のもとに、捕まっているはずのリュパンより予告状が届く。不安に感じた男爵は、偶然近所に余暇を過ごしに来たガニマール警部に助けを求めるが…。

先にも書いた「ばっかもーん!そいつがルパンだ!」系の作品(リュパン本人ではないけれど)。これまた予想は付いてしまうのだけど、予告状が無意味に出されていないのはポイントが高い。

怪盗ものにおいて予告状は既に様式美となりつつあるが、本来目的を持って出される方がミステリとしてはしっくり来る。また、先の「逮捕」同様、情報が適度に制限されている時代ゆえのトリックなのも趣きがあって良い。

アルセーヌ・リュパンの脱走

刑務所にいるにも関わらず、外部と連絡を取り合っているらしいリュパン。彼の連絡手段に気付いた警察は、連絡を逆手に取ってリュパンを追いつめようとするが…。

今度こそ本当に「ばっかもーん!そいつがルパンだ!」となる作品。これもまたまた予想は付いてしまうが、シンプル故に嫌味のない佳品。

リュパンの経歴の一端が垣間見えたり、結構泥臭い変装術を披露したり、ガニマールが意外と自分の落ち度の露見にビクビクしたりしているのは面白い。また、ガニマールとリュパンの最後のやり取りも良い。柔道を披露するリュパンと言うのも、日本人としては見逃せない描写。

オルフェーヴル河岸でジュウドウを習っていたら」と、リュパンが言った。「この手は日本語でウデヒシギというものだとわかるだろうよ」*1

奇怪な旅行者

婦人のいる車室に乗り込んだ語り手。リュパンが紛れ込んでいるのではと怯える婦人の前に、怪しい男が乗り込んできて…。

叙述トリック風の作品。意外にも、この短編集においてリュパンが一番ピンチになったのが殺人鬼による不意打ちからの昏倒、と言うのは面白い。しかも怪盗なのに財布や鞄を取られてしまうとは。やはり力こそパワー。

リュパンリュパン(だと思わせている男)の逮捕に奔走するのも楽しいし、一時的に協力関係にあった警察官に謝礼を渡したり、犯人を逮捕するでも助けるでもないスタンスも粋。ちなみにこの短編では車、他の短編ではオートバイなどを乗りこなしているのだが、最先端の技術を乗りこなしている現代性もリュパンの魅力なのかも知れない。

女王の首飾り

伯爵家の密室にて由緒正しき首飾りが盗まれた。犯人が見つからないまま舞台は現代へと移り、当の伯爵家に招かれた客人の一人が事件の話を持ち出し始める。司法官を父に持つと言う、推理力に秀でた男の意見を聞こうと人々は注目するが…。

アルセーヌ・リュパン最初の事件と言える事件。幼少の頃より優れた能力の持ち主であったことが伺えると共に、母を蔑ろにされたリュパンの憤りが垣間見えるのも良い。

ちなみに、この首飾りと言うのが、ラ・モット伯爵夫人による詐欺事件で盗まれた首飾りとなっている。ルブランの歴史趣味が垣間見える作品であり、リュパンシリーズと冒険小説との結び付きを感じるのは、こうした歴史の扱いにあるのかも知れない。

ja.wikipedia.org

ハートの7

リュパンの事件を物語る本書の「語り手」が、如何にしてリュパンと知り合いになったのかが描かれる短編。

語り手が住む借り家にて深夜不審な物音が聞こえる。しかし、翌朝確認しても盗まれたものはない。残されたのはハートの7のトランプ。これを新聞に書いたところ、事件に心当たりのあると言う男がやってきて…。

リュパンリュパンとしてではない形で、各所で交友関係を結んでいることが伺えると共に、当時の潜水艦を巡る各国間の動向が伺えて面白い。リュパン愛国者らしい一面が見えるのも、フランス国民に愛される理由なのだと思う。

彷徨する死霊

古城に住むうら若き乙女の暗殺計画に勘付いたリュパンが、彼女を助けるために地元の医師と共に犯人を追うが…。

本短編集の中で一番探偵小説らしい作りとなっており、リュパンが主役でなければ良い意味でただの探偵小説と言って良い内容。本作のリュパンに怪盗らしさは正直言ってなく、基本的に探偵役としての活躍が描かれている。

後出し情報はありつつも基本はフェア寄り。フェミニスト的なリュパンは読めるが、これと言った語りどころも少ないと言うのが正直なところ。ただ、ガニマール警部に対するリュパンらしい皮肉は面白みがある。

遅かりしシャーロック・ホームズ

シャーロック・ホームズSherlock Holmes)ならぬ英国の名探偵、エルロック・ショルメ(Herlock Sholmès)がリュパンと邂逅する物語(こちらの翻訳ではシャーロック・ホームズとなっている)。

舞台はアンリ四世並びにルイ十六世も訪れたことのある由緒正しき古城。リュパンは今や失われた秘密の通路を見出し、所蔵品を盗み出すことに成功するが…。

巻頭の「逮捕」にて出会ったネリー嬢との再会、因縁浅からぬ仲となる名探偵との邂逅が描かれる点で、本短編集の最後に相応しい共に、次作以降への期待が持てる作りとなっている。先に触れたルブランの歴史趣味も描かれていて面白いし、本作において未だホームズの格が保たれているのは、後のことを考えると興味深いものがある。

おわりに

総じて面白い短編集であり、やはりアルセーヌ・リュパンと言うキャラクターへの興味が続きへの興味を掻き立てます。特に「遅かりしシャーロック・ホームズ」ではライバルとなるホームズも登場しましたし、続編の『リュパン対ホームズ』でどんなことになるのか気になって仕方がありません(なお『奇岩城』のホームズの扱いはイマイチだった朧げな記憶があったりなかったり)。

ちなみに、こちらの創元推理文庫版は現在絶版中。実際、六十年代の翻訳のため少し古めかしさはあったりするので、改めて読むなら他の翻訳の方が取っ付きやすいかもしれません。

逆に言うと、他にも色んな翻訳があると言うことは、比べて読む楽しさがあると言うことでもあります。新潮文庫堀口大學訳や先の青い鳥文庫版を始め、色々と読み比べてみたいところ。

なお調べてみると、こちらの『怪盗紳士リュパン』は原本から一部作品に変更が加えられているバージョンを底本にしているとのこと(「アンベール夫人の金庫」「黒真珠」が収められていない)。いつか省かれた短編についても他のバージョンで読んでみたいと思います。

では、長くなりましたが今回はこの辺で。最近は冬らしい気候が続きますが、皆様も体調には気をつけていただければと思います。かく言う私は、毎年このシーズンは体調を崩しがちで、実は今もあまり芳しくないと言う。

この記事も書き溜めていたものに手を加えて公開している有様ではありますが、残り一カ月、無謀にも何とか週一更新を目指していきたいところ。ではでは。


▶怪盗紳士リュパン
▶作者:モーリス・ルブラン
▶訳者:石川湧
▶解説:中島河太郎

▶カバー:山野辺進
▶発行所:東京創元社
▶発行日:1965年6月25日初版発行

*1:p.77