はじめに
つい先日年が明けたかと思えば、既にひと月半が過ぎてしまった。今年は特に時間が過ぎるのが早く感じる。忘れているだけで、もしかすると年の始まりは毎年早く感じているのかも知れないが。
それはさておき、そんなこともあってか、最近は時間を如何に生み出すかと言うことに関心を持っている。時間を捻出できれば、時間が早く過ぎ去ったとしても、やりたいことができるのではないか、という短絡的な発想ゆえに。
仕事終わりの貴重な余暇の時間を、Youtubeのショート動画に時間が奪われてしまうような人間であっても、そんなことを考えることを許してほしい。
とは言うものの、最近流行りのタイパこと、タイムパフォーマンスという言葉はあまり好みではない。この言葉を認めてしまうと、全ての物事が合理性に支配されていると認めてしまうように感じるからだ。
とは言え、大なり小なり人間限られた時間しか残されていない以上、効率的に時間を使っていきたい場面も確かにある。
趣味でない限り、掃除・洗濯・料理といった家事は手早く済ませてしまいたい。また勉強においても同じことが言える。学ぶ過程が楽しいのは事実としても、同じ質と量の情報を覚えられるのであれば、かける時間は短いに越したことはない。
また、勉強にかける時間は変わらずとも、長く記憶に残すことさえできればそれに越したことはない。何度も何度も本の同じページを捲ることなく、効率よく覚えられさえすれば、その時間を他のことに使うことができるのだ。
そんな安易な考えから、「記憶」のワードに惹かれて岩波新書の『記憶の深層』を手に取ってみた。が、この本、そんな小手先のテクニック本ではなかった。
岩波新書『記憶の深層』。記憶力を高めるコツでも手に入ればという安直な気持ちで手に取ったが、そんな安易なテクニック本ではなかった。記憶するということについて学びになったし、自分自身がどのように物事を記憶し、連想する手立てを(無意識的に)用意していたのか腑に落ちた。読みやすい良本。
— びねつ (@bine_tsu) February 11, 2026
本書は、長年記憶について心理学の立場から研究してきた著者による、主に記憶の定着のしやすさについて書かれた一冊である。AIが発達し、知識(=記憶)をアウトソーシングすることが一般化した世の中だからこそ、著者は記憶の重要性を説く。
そのためにも、私たちはどのような物事を記憶しやすいのか、記憶を定着させるにはどのようなアプローチが効果的なのか、そして、記憶することがどのような形で創造性に繋がるのかを、本書は平易な文章で教えてくれる。
興味深い実験も例として数多く引用されていて飽きが来ず、非常に面白かった。新書らしい新書、と言えるかもしれない。以下、個人的な感想を書いていきたいと思う。
感想
私たちは、意味のあるものが記憶に定着しやすいようにできている。同じものを見せられても、説明の有無で記憶への定着は変わってくるのだ。例えば、説明なしには理解できなかった図案も、理解できる説明込みで図案を見せられると、記憶に残りやすい。
つまり、丸暗記のような記憶の仕方は、人間の働きに反しているのだと著者は言う。では、どのようにすれば物事を「意味のあるもの」にできるのか。
それは、概念同士を関連付けること。「空腹の男がネクタイを買った」「やせた男がハサミを使った」という文章だと、論理性もなく覚え辛い。しかし「空腹の男が高級レストランに入るためにネクタイを買った」「やせた男がベルトのサイズを半分にするためにハサミを使った」などと言葉を補えば、途端に覚えやすくなる。
なぜこれが記憶の定着に役立つかと言えば、「空腹の男」と「ネクタイを買った」という1対1の情報だけではなく、「高級レストランに入るために」という男の状況が加わることで、思い出す際の糸口が増えているからだ。
特定の物事を様々な知識(=記憶)と結び付けておくことで、引き出しやすくなる。私個人の理解で恐縮だが、小腸にある柔毛のように、知識の表面積を増やすことが、記憶を思い出しやすくなるコツということなのだろう。
そのほか、記憶を思い出しやすくなるコツとして、イメージ記憶についても触れられている。私たちは、言葉を記憶するよりも、写真や絵と言ったイメージの方が記憶しやすいのだそうだ。
これを活用し、馴染みのある場所と覚えたい事柄を結びつけて記憶する記憶術が紹介されている。いわゆる場所法、または「記憶の宮殿」とも呼ばれる記憶術のことだ。
私はこの記憶術について、『羊たちの沈黙』で知られる殺人鬼、ハンニバル・レクターの生い立ちを描いた小説、『ハンニバル・ライジング』にて初めて知った。本書では具体的な方法論は説かれていないのは残念だが、改めてこのテクニックを学んでみたいと言う気持ちが湧いてきたことには触れておきたい。
閑話休題。
個人的に興味深かったのは、記憶の構造化という話だった。これは上記の場所法を、既に頭の中にある構造化された知識と結び付けると言う話。ある大学生を対象に、一度聞いた数字を何個まで覚えられるか長期的な実験を行ったところ、彼は最終的に80個もの数字を記憶することができたと言う(平均は7個前後)。
最初はただ無意味な数字に聞こえていた数字を、彼は自分にとって馴染み深い陸上のレコードと結び付けて覚え始めた。例えば「3492」なら「3分49秒2(一マイル走の世界記録級のタイム)」と言ったように。
こうして、彼は自身の中に既にある構造(≒場所)に知識を紐付け、驚異的な記憶力を発揮することができるようになった。自身の記憶と新しい知識を紐付けることで、思い出す手掛かりを作ったのだ。
これは先にも書いた関連付けとも通じる内容なのだが、私自身、意識はしていなかったものの、このようなプロセスで物事を記憶していたことに、はたと気付いた。
実は、私は映画の公開年を覚えることが地味に得意だったりする。生まれていない時代の映画についても、覚えようとしていないのに、結構覚えていたりするのだ。
で、この時に私が映画の公開年と紐付けていたのは、世界史の受験時に覚えた年号であったり、両親や自分の生まれ年だったりする。
例えば『2001年宇宙の旅』。このキューブリックによる記念碑的な映画は、1968年に公開された。これに紐付いている世界史上の年号は、1969年のアポロ11号の月面着陸。宇宙繋がりで、この歴史的年号の前年と覚えている。
人によっては同年のプラハの春と紐付けてシンプルに覚えているのかも知れない。このように、記憶と記憶の結び付き方は、人それぞれの特色が出る。同じ単語を聞いても連想するイメージが異なるように。
そして、1968年の『2001年宇宙の旅』の話を聞くと、私は自然と前年に放映が開始された『ウルトラセブン』と、更にその前年、1966年に放映が開始された「スター・トレック」の最初のシリーズ、『宇宙大作戦』を連想する。
この連想こそが記憶を引き出すのに一役買っていると著者は言う。私自身はほとんど意識せずに物事を関連付けて記憶し、連想し合うことで記憶を強化してきたのだ。
こうして自分の記憶の仕方が言語化されることではっきりとしたのは、大変興味深い体験であった。もしかすると、私がブログを書くにあたって様々な作品や出来事を関連付けているのは、自分の内面のプロセスを可視化する試みだったのかもしれない。
おわりに
本書ではその他、記憶にとって重要な集中力を妨げる昨今の環境要因や、記憶に根付かせ、引き出すための鍵となるアウトプットについてなど、様々な項目が語られている。
具体的なハウツーが書かれている訳ではないが、この本を読んでおけば、記憶と言うものについての理解が深まることは間違いない。ただ無作為に記憶術の方法を勉強する前に、この枠組みをインプットしておけば、きっと役に立つことだろう。
また、著者の語るAI時代故の記憶の重要性も無視できないものがある。これは『アイデアのつくり方』でヤングが引き合いに出していたような、ひらめきを生み出すためには問題を寝かせて置くと言う話に近い。
著者は、連想と言う極めて個人的な事柄はAIには不可能と言う論点から、連想のための素材としての記憶を重視している。知識が外部化してしまい、必要な時に引き出す使い方をしていては、知識が混ざり合い新しい結び付くチャンスを逃すことになるだろう。
と、色々と語ってしまったが、今日はここまで。今ならキンドルアンリミテッドでも読めるようなので、興味があれば手に取ってみては如何だろうか。
▶記憶の深層――〈ひらめき〉はどこから来るのか
▶著者:高橋雅延
▶発行所:岩波書店
▶発行日:2024年7月19日初版発行


