たぶん個人的な詩情

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【読書感想】ジョセフィン・テイ『時の娘』――悪名高きリチャード三世の真実に、ベッド探偵と化したスコットランド・ヤードの警部が挑む。歴史ミステリの傑作。

時の娘

はじめに

薔薇戦争。知っての通り、百年戦争の後にイングランドで起きた、王位継承を巡った内乱である。名前の格好良さから印象に残る単語ではあるが、恥ずかしながら、詳細はいまいち覚えていなかった。

ヨーク家とランカスター家の争いであり、最終的にヘンリー7世が勝利を収め、テューダー朝を開いた。受験において覚えておくべきはせいぜいこれくらいで、細かい部分は知らずとも大きな失点には繋がらない小さな単元。

しかし、覚え切れていなかったのは何もこれだけが理由ではない。手元に教科書がないので確証はないが、単純に教科書の説明が分かり辛かったか、あるいは記述が少なかったような気がする。

感覚的に分かり辛いのは、ヨーク家とランカスター家の争いだったはずなのに、どこからかヘンリー七世なる人物が現れ、テューダー朝なる王朝が開かれることだろう。

そのことに、この本を読んで思い至った。ただし、本書を読むと分かるが、細かく説明しようとすると、人が多くなるので仕方がない気もする。

さて、本書はそんな薔薇戦争の時代を生きた悪名高き国王、リチャード三世を題材とした歴史ミステリである。歴史に疎くとも、きっと楽しめるに違いない。私自身、似たような人名の連続に、家系図と睨めっこしてばかりしていたが、それでも楽しめた。

訳者あとがきによれば、かの江戸川乱歩もこの本を評価していたのだとか。歴史ミステリ、薔薇戦争、リチャード三世、安楽椅子探偵(厳密にはベッド探偵)、探偵と助手。

これらの単語にピンと来たら、是非とも手に取ってみて欲しい。以下、ネタバレありで感想を書いていくのでご注意を。

あらすじ

ロンドン警視庁の警部アラン・グラントは、犯人の追跡中に怪我を負い入院中。ベッドに寝かされ暇を持て余した彼は、見舞客から渡されたリチャード三世の肖像画に惹き付けられ、一つの疑問を抱く。

彼はまるで裁判官のようだ。悪王などではなく。

自身の人相学に自信を持つグラントは、見舞客の力を借りて文献を収集し始め、リチャード三世の謎――二人の甥殺し――に挑む。

感想

面白かった。噂に違わぬ面白さと言って間違いなく、七十年以上前の作品ながら、今でも楽しく読める歴史ミステリとなっている。

まず歴史ミステリとしては、題材であるリチャード三世が魅力的だ。シェイクスピアのモチーフにもなっている、「史実」に名高い甥殺しをした悪名高き王。

しかし、人相学に自信のある警部・グラントは、彼が被告席に座らせられるような人物には到底思えない。そんな思い付きをきっかけに、本当にリチャード三世が甥たちを殺したのか、という歴史上の謎に迫っていく。

もちろん、本作を読んでいけば分かる通り、こうしたリチャード三世擁護論は作者のオリジナルではない。実際、リチャード三世の名誉回復を図る「リカーディアン」と呼ばれる人々も存在するらしい。

en.wikipedia.org

ただ、これは本作の面白さをまったく減じない。一つの謎に対して推論を重ね、徐々に可能性を狭めていき、ついに「真相」へと辿り着くという過程こそが面白いからだ。

肖像画、そして一般向けの学校教科書という、誰しもが通るスタートから始まり、マニアックな当時の情報へとアクセスしていく流れも、誰しもに開かれた情報を活用しているだけに、歴史ものとしてワクワクさせられるものがある。

ベッド探偵を成立させる本書の魅力

そして何と言っても、安楽椅子探偵というシチュエーションで、動きのない事件(それもそのはず。事件は五百年前に終わっている)を追いながら、長編の尺を飽きさせない筆力こそ、注目すべきだと私は考える。

既にことが終わった事件の答え合わせをするか、あるいは、終わることなく続く事件に対して、助手役から得た新しい情報をもとに推理し真相に迫る。安楽椅子探偵が事件を捜査する時、大きく二つに分ければこのようになる。

前者は短編でこそ輝き、後者には新たな事件の発生と言う転機があってこそ、話が盛り上がるわけだが、知っての通り、本作は長編であり事件自体にはそうした「動き」はない。

では、ジョセフィン・テイ女史はどのように読者を楽しませてくれたのか。歴史書を小出しにして行く過程が見事だと言うのはもちろんある。だが、ここでは語り手の魅力と彼を取り巻くキャラクターの魅力について語っていきたい。

語り手の魅力

まず、読者を飽きさせない魅力その一は、斜に構えた語り手の目線であろう。捜査中の怪我から、不運にも入院することとなった警部・グラント。彼を通して見れば、天井の模様も幾何の対象になるし、入院中に接する看護婦などに対する歯に衣着せぬ書きっぷりは酷い物言いだが笑ってしまう。これは、作者が看護婦と同性だからこその辛辣さあってだろう。

このアラン・グラントという人物の語りの魅力があればこそ、病室という動きのない空間にありながら、読者は飽きずに読み進めることができる。

キャラクター

そして、グラントを取り巻く登場人物もまた魅力的だ。彼のもとに謎を持ち込む人気女優・マータ、看護婦のインガム(ちびすけ)とダロル(アマゾン)。少しばかりの登場ながら、家政婦のティンカーや、リチャード三世をポリオだと「診察」する外科医、悪王を「不幸そうな顔」と評する婦長なども、印象に残る。

そして何より、本作の助手役を務める“むくむく仔羊ちゃん“ことキャラダイン青年の活躍っぷりが良い。

最初は「不純」な動機から英国に在住していたにも関わらず、リチャード三世の問題をグラントから伝えられるや、少しずつ歴史家としての顔を覗かせていく。

ja.wikipedia.org

ウィキペディアに存在する「ベッド・ディティクティヴ」の項目では、本作の助手役を女優のマータや看護婦としているが、真の助手はキャラダインに違いない。グラントとキャラダインの探偵と助手の関係が、とても良いのだ。

個人的に、題材がリチャード三世でなくとも、私はこの二人が話しているだけで面白い話になったとすら思う。事実、本当らしく語られる偽の歴史、「トニイパンディ」の話をしているだけで、面白いのだ。

おわりに

という訳で、今回は歴史ミステリの傑作であり金字塔、『時の娘』の感想となった。少し前に買って積んでいたのだけど、流石に有名なだけあって面白い。当たり前の話だけれど、有名な作品の面白さ打率は高い。時間は限られている。天邪鬼にならず、そう言った作品も、しっかりと読んでいきたい。

ちなみに、本作の主人公はアラン・グラントというのだが、この名前は奇しくもマイケル・クライトンによる小説『ジュラシック・パーク』の主人公と同名となっている。

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マイケル・クライトンの本も、思えばあまり読んだことがない。それこそ、『ロスト・ワールド』すら積んでいたりする。

今年は忙しさとそれに伴う疲れからか、正直言ってあまり本を読めていない。が、積んでいる本はたくさんある。つまり、たくさん読める。たくさん読もうと思う。

では、今回はこの辺で。


▶時の娘( The Daughter Of Time / 1951)
▶作者:ジョセフィン・テイ
▶訳者:小泉喜美子
▶カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
▶発行所:早川書房
▶発行日:1977年6月30日発行