たぶん個人的な詩情

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【映画感想】『魔の谷』――雪山にて強盗犯を襲う恐怖を描いたモンテ・カルマン監督デビュー作。クライムサスペンス、蜘蛛の化け物ホラー風味。

はじめに

かのロジャー・コーマンの弟であるジーン・コーマンが制作、兄・ロジャーが制作総指揮を務めた映画『魔の谷』を観る。寡聞にして知らなかったが、監督のモンテ・ヘルマンは知る人ぞ知る監督らしく、『断絶』などの作品を撮ったことで知られる他、タランティーノが監督した『レザボア・ドッグス』の制作総指揮も務めていたようだ。

そんな彼のデビュー作がこのB級(?)ホラー映画『魔の谷』である。ロジャー・コーマンが関わっているだけあってお世辞にも高尚な映画の類ではないが、中々どうして見所のある作品となっている。

あらすじ

ストーリーの基調はホラーと言うよりかはクライムサスペンスと言った趣きだ。炭鉱の金庫を襲撃すべく、ウィンタースポーツが盛んな町を訪れた強盗たち。彼らは金鉱を爆破し、その隙を見て金庫の中身を手に入れようとしていた。当然逃走計画にも余念はない。彼らは町を通る列車が日に一本しか来ないことに目を付け、警察が行き場なく町に潜伏しているであろう犯人捜索に終始している間に山を越え、飛行機でカナダへと高跳びする計画を立てていたのだ。

無事金庫破りに成功した彼らはクロスカントリー目当ての旅行客を装い、雇ったガイドのもと山小屋へと向かう。一見上手く行ったかのように見えた金庫強盗だったが、その道中、ガイドは何者かに後を付けられていることに気付く。

それは前日の夜、爆弾を仕掛けた犯人の一人を金鉱にて襲い、彼と行動を共にしていた行きずりの女を殺した蜘蛛のような化物であった。こうしてクライムサスペンスにホラーの影が忍び寄って来ることとなる。

だが本質がクライム路線から逸れることはない。吹雪で飛行機の到着が遅れる中、山小屋にて化け物の脅威を感じつつも、犯人グループのボスとその情婦、ガイドによる三角関係はこじれ、口封じのためにガイドを殺そうとする計画も水面下で進行していく。果たして彼らは化物の脅威から逃れることは出来るのか。恋の行く末とガイドの運命は如何に……。

感想

読んでわかる通り、内容はクライムサスペンスとホラーをくっ付けたジャンルもの。犯罪を企む悪党どもと、期せずして巻き込まれた誠実な若者の言動やふるまい、男二人の間で揺れるヒロインの奔放さとその裏にある悲しみなど、サスペンス部分の出来は悪くない。それに対しホラー部分についてはどうも取って付けたような印象は否めず、両者が上手く混ざり合っているのかと言えば正直言って疑問だ。

ただしホラー要素も部分として見れば出来は悪くなく、その演出や特撮については一見の価値ありと言って良い。その最たる例は悪党の一人であるマーティが、繭に包まれた怪物の犠牲者を雪山にて発見するシーンだろう。

ここだけなら十分後世に残る出来栄えであるし、この演出から影響を受けた作品も少なからず存在するに違いない。肝心のモンスターの造形も生々しい質感が感じられ、良い意味で気持ちが悪い。動けなくなった犠牲者の血を吸う演出も中々に不気味だ。

またこの蜘蛛、正直言って人が入っているのが丸わかりではあるものの、人型の着ぐるみで蜘蛛状の生物をやろうと言う気概は感じられ、実際にその努力が感じられるのは面白い。最後、化物が焼かれる際の断末魔も悪くない。

そして作中に登場するキャラクターの造形もユニークだ。犯罪計画を立てる頭脳を持ちながら自らの欲望に忠実で、自分の思うように事が運ばないと短気を起こすボスのアレックス。女と見てはちょっかいをかける、女に目がない伊達男のマーティ。頭の弱さが隠せていない、帽子がトレードマークのバイロン。かつてはアレックスの強引さに惹かれながら、今となっては彼の気持ちに疑いが生じ、酒に溺れ自暴自棄となっているヒロインのジプシー。そんな強盗団と対峙するのは、地元を愛し、スキー教室や山岳ガイドで生計を立てる若者ギル。

みな個性的で魅力的ではあるが、中でも印象的なのは、怪物に襲われ女を殺されてからと言うもの、エイハブ船長もかくやと言った有様で怪物退治に心血を注ぐことになるマーティと、ひょんなことから山小屋の家政婦である先住民の女性と交流を育むこととなるバイロンの二人。この二人については言ってしまえば端役に過ぎないのだが、妙に味があると言うか、思わぬ活躍を見せてくれるので面白い。

以上感想をたらたらと書いてきたわけだが、この作品について触れておいて、本作のカメラワークやカットの冴えについて触れないのは嘘と言うものだろう。本作の映像にはモンテ・ヘルマン監督のその後の活躍の片鱗をうかがわせるものが確かにあるのだ。冒頭、強盗の下見のためにマーティとバイロンが写真を撮り、車へ乗ってスキー場へと向かう一連のシークエンスは味があるし、先にも書いたが怪物による犠牲者のカットは素晴らしいと言う他ない。

ちなみに山における危険として「山猫」が挙げられているが、これは“cougar”、すなわちピューマのことである。最初は何かと思ったが、確かにピューマであれば人間への危険性は十分だろう。

www.afpbb.com

また本作の原作はH・G・ウェルズとのことだが、これは彼の短編「クモの谷」を指しているらしい。邦訳は創元SF文庫の『ウェルズSF傑作集2 世界最終戦争の夢』に収められており、映画と短編の関係については公式サイトにも記載がある。

世界最終戦争の夢 - H・G・ウェルズ/阿部知二 訳|東京創元社

ただし共通点と言えばクモが出て来ることくらいで、舞台も違えば、クモ自体の描写も似て非なるものとなっている。

とは言えこの作品集自体は面白いし、映画の脚本に通ずる部分もあったりするので、興味があれば手に取ってみては如何だろうか。また映画についても現在アマゾンプライムに入っているし、時間にして70分ほどの長さしかないため、興味があれば見てみても損はない……かも知れない。

と、何だか長くなってしまったが今回はこの辺で。ではでは。

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魔の谷(字幕版)

▶魔の谷 / Beast from Haunted Cave(1959/アメリカ)
▶監督:モンテ・ヘルマン
▶制作:ジーン・コーマン
▶制作総指揮:ロジャー・コーマン
▶原作:H・G・ウェルズ
▶脚本:チャールズ・B・グリフィス
▶撮影:アンドリュー・コスティキアン
▶編集:アンソニー・カラス
▶音楽:アレクサンダー・ラズロ
▶キャスト:
ギル:マイケル・フォレスト
ジプシー:シーラ・キャロル
アレクサンダー:フランク・ウォルフ
マーティ:リチャード・シナトラ
バイロン:ウォーリー・カンポー
Beastクリストファー・ロビンソン