たぶん個人的な詩情

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【読書感想】『哲学者たちの動物園』――古今、哲学者たちは動物をどう描いてきたのか。哲学初心者にもお勧めの愉快な哲学コラム集。

動物と哲学と言うと、かつて私が辛くも卒業した某大学の哲学科にて、語り草となっている逸話にこんなものがあった。それは在籍する教授二人が、飲みの席で「猫に魂はあるのか。猫は天国に行けるのか」と言う内容で議論となったと言うものだった。共にキリスト者である二人が一体どのような激論(?)を交わしたのか、その詳しい内容については知る由もないが、議論はただただ平行線を辿ったと言う。

普段は(頑固ではあるが)比較的温厚なY氏と、常に上品な佇まいを崩さないN女史が言い争う絵面は学生の立場からすれば想像するだけでも面白く、また入学当時の私の目には物珍しい、哲学科らしいエピソードとして映ったものだった。

と、自分語りはこれぐらいにして、早速本題。

本書の原題は“Un animal , un philosophe”。直訳すれば「一つの動物、一人の哲学者」となるこのタイトル、内容に即して補うならば「一つの動物(がその著作において)、一人の哲学者(にどう扱われたのか)」とでもなるだろうか。

そんな原題を『哲学者たちの動物園』としたのは本書の編集の方らしいが、これは素晴らしい判断と言えるだろう。実際、私自身もこの「動物園」なるタイトルが気になって本書を手に取った次第である。

内容は先にも書いた通り、古今東西の哲学者たちによる動物への言及*1に着目し、それにまつわる彼らの思想や意外な一面を記述していくと言うものになっている。扱われる哲学者はその数なんと36名。参考までに挙げておくが、これは錚々たる顔ぶれと言って良い。

一人当たり3~5頁ほどの記述ながら、それぞれの思想家がどういった歴史的背景の中で如何なる思想を持つに至ったかがコンパクトにまとめられている。例えばキルケゴールの思想史上の位置付けや、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を把握するのに役立つ解説がなされていたりするのだ。

これだけでも十分本書は面白く、哲学の入門書として役に立つのだが、何と言っても本書のウリは哲学者たちと動物たちとの「触れ合い」にある。

例えば「ビュリダンのロバ」「ゼノンの亀」「荘子の蝶」。この辺りは有名どころであり見当も付くが、例えば「キルケゴール二枚貝」や「カントの象」などは、一体どんな内容なのかタイトルだけでは想像もつかない。それが36人分もあるのだから、目次と言う名の案内板を見るだけでワクワクさせられること請け合いだ。

中でも個人的に面白かったのは「ベーコンの蟻」と「ドルバックの狼」。学者の在り方を「蟻」「蜘蛛」「蜂」に例える発想は興味深く、当時の同業者に対するベーコンの蔑みが見え隠れしていて面白い。そして神の存在を真っ向から否定する啓蒙思想家のドルバックは、狼が登場する皮肉の効いた物語を通し、神の不在を説明しようとする。

中には自らの思想を開陳するためではなく、単純に彼らが聞き齧った動物についての覚え書きや解説となっているものもある。トマス・アクィナスの師として知られるアルベルトゥス・マグヌスなどは、文献から一角獣「犀」の姿を描き出すのだが、その描写は今を生きる私たちの目からすれば滑稽に映ることこのうえない。

また本書には「動物」と言う切り口で集められた哲学書のカタログ的な価値もある。古代から現代にいたるまで、知識人たちが動物をどのように見て来たかを一望出来るのも本書の魅力の一つだ。

冒頭で触れた話ではないが、動物に魂はなく、彼らはあくまで人間に役立つよう作られた存在に過ぎないとする考えもある。反対に、動物に対して同情的な態度を取る者もいれば、彼らの素晴らしさを説く者もいる。動物愛護や動物の権利が叫ばれるようになって久しいが、今改めて動物と人間との関わりについて思いを巡らすのも面白いかも知れない。

ちなみに本書は元々フランスの日刊紙「リベラシオン」にて連載されていたコラムをまとめ直した一冊となっている。著者は高校にて哲学を教える傍ら、コラムニストとしても活躍するロベール・マッジョーリ。本書が専門的になり過ぎず、それでいて興味を損なわない内容となっているのは、リセの教師としての彼の経験が生きているからに違いない。

先にも書いた通り、本書は読み物として楽しめるばかりではなく、哲学の入門書としても役立つ一冊となっている。読むのにこれと言った予備知識は必要ないし、二〇〇頁にも満たない小著なので読みやすいのも良い。また哲学の道に分け入ったばかりの初心者が、個々人の思想を参照するガイドブックとして座右の書とするのにも適しているのではないだろうか。

気になる哲学者から拾い読みするもよし、時代順に読み進めるもよし。きっと気になる哲学者が見つかることだろう。各哲学者について参考文献が挙げられているのもこの手の本としては非常にありがたい。ただしここまで褒めておいて何だが、地名や人名と言った固有名詞に註がなされる一方で、哲学的な用語等についての註が不親切だったりするので、それについては辞書で引くなりネットで調べるなりした方が良いのは確かだと最後に言っておく。

それにしても、流石はフランスと言うべきか、このレベルの内容が毎日誌面で読めていたと言うのは非常に羨ましい。だがしかし、このような本が母国語で読めると言うのもまた幸せなことに違いない。そんな小さな、それでいて大切な幸せを噛み締めつつ、今回はこの辺で。ではでは。

▶哲学者たちの動物園 (Un animal,un philosophe/2005)
▶作者:ロベール・マッジョーリ
▶訳者:國分俊宏
▶イラストレーション:川口澄子
▶レイアウト:文京図案室
▶発行所:白水社
▶発行日:2007年7月10日

*1:中にはピュタゴラスソクラテスのように、後世に伝わっている逸話や文献の記述に拠っているものもある。