たぶん個人的な詩情

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【映画感想】『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』――タイトルに偽りなし(だが)ナチもビッグフットもおまけでヒューマンドラマが魅力の怪作。

ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男(字幕版)

感想

アマプラにて『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』を観た。なんとも奇妙な映画を観てしまった、と言うのが見終わった後に抱いた率直な感想だ。


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世に蔓延るB級(あるいはZ級)映画――例えば首が何本もあるサメの映画――ならばこんな感想は出てこない。いくらその作品が面白かったとしても、それがただの馬鹿映画だとすぐに判断が付くからだ。しかし本作はそうではない。

原題はその名の通り“The Man Who Killed Hitler and Then the Bigfoot”。

タイトルに偽りなし。この映画はまさしくヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男の物語だ。当然こんな題材を混ぜ合わせているくらいなのだから、馬鹿げた方針で作られた映画であることは間違いない(誉め言葉)。

題材のみならず、所々笑いを誘う描写も本作には含まれている。例えば、どう時間を読めば良いのか頭を悩ませたくなる、針がハーケンクロイツで出来た腕時計。例えば、老人と対峙するや構えを取り、関節技を極めて来るビッグフット。

ただしこれらは本作においてはちょっとしたアクセントに過ぎない。基本的に本作の基調はシリアスなヒューマンドラマで、笑いを誘うB級パニックではないからだ。ナチスが生み出したビッグフットを倒す、なんて筋立てならばただの馬鹿映画で済むのだけれど、本作は孤独な老兵によるドラマパートの中に、不意にビッグフット退治と言うアクションパートが挿入される作りとなっている。

しかも質が悪い(もちろん誉め言葉)ことに、このドラマパートが非常に良く出来ている。サム・エリオット演じるカルヴィンは、かつて米軍に所属していた元軍人であり、大戦中に軍の密命の元、ヒトラー暗殺に成功した過去を持つ老人だ。

任務には無事成功したカルヴィンだったが、ナチスヒトラーの影武者を立てて戦争を続行。もはや狂気は一人の男を殺して止まるような段階にはなかったのだ。卑劣な手段で人の命を絶ちながら、それが徒労に終わった事実は彼を縛り、戦地から帰った後も彼を苦しめる。そして終戦から数十年経った今なお、カルヴィンは過去に縛られたまま愛犬とともに余生を過ごしているのだ。

こうして日々を無為に過ごすカルヴィンの現在と並行し、戦時中の回想がマッチカット等を用いて交互に描かれ、彼の過去が徐々に浮き彫りとなっていく演出は面白い。そしてこれがまた普通にドラマとして見応えがあるのだ。戦争の結果疎遠となってしまった恋人との恋模様も切なく、ベタではあるが悪くはない。

役者陣の演技の妙も、ドラマパートを支えている大きな要因の一つだ。割合にして本作のアクションパートはほとんどないに等しいのだが、それでもなお本作が成立しているのは、彼らの演技あってのことなのは間違いない。特に老カルヴィンを演じるサム・エリオットの演技は素晴らしく、彼のたたずまいや雰囲気、浮かべる表情は哀愁を誘う。

開幕からこのようなドラマが展開される本作、通いの酒場のマスターや理髪店を営む弟の勧めに従い、カルヴィンが魚釣りに興じ、その中で自らの過去を見つめ、人生を締めくくる姿を描いたヒューマンドラマへと舵を取るタイミングはいくらでもあった。しかしタイトルがそれを許しはしない。

平穏な日常を壊すベルの音と共に彼の前に現れたのは、かつての恋人でもなければ戦争の記憶を掘り起こすような戦友でもない。それは何とカナダの森に潜伏するビッグフットの退治を依頼しに来たFBIの男だったのだ。

捜査官は言う。

ビッグフットが罹患した凶悪なウィルスにより森の動物は死に絶えた。このままではカナダに核を落とさざるを得ない。カナダを、引いては世界を救えるのは、このウィルスに抗体を持つあなただけなのだと。

こうして老兵カルヴィンによるビッグフット退治が描かれることになるだが、先述のドラマパートの出来に対し、これがまたびっくりするほど面白くない。ビッグフットの着ぐるみがちゃちなのは目を瞑るにしても*1、ビッグフット捜索の過程はあっさりし過ぎているし、アクションも単調。取って付けたようなピンチは緊張感もなく、予定調和の域を出ない*2

では単にセンスがないのかと言えば、一概にそうとも言えない。ヒトラー暗殺の際、検閲を逃れ持ち込んだライターとスキットル、それに万年筆を手際よく組み立ててピストルを作る描写や、ビッグフット退治の武器を選ぶシーンなど、この手の作品における見せ方や面白み自体は分かっていそうなのだ。だからこそ不思議でならない。

そしてさらに不思議なのは、この二つのパートがまるで水と油のごとく、見事なまでに混じり合っていないことだ。これは一体どう解釈すれば良いのか。ドラマパートも含めすべてをおふざけと取ればよいのか、はたまた他の意図が製作者側にあるのか。正直言って私にはよく分からない。

彼が死んだと誤解され、棺桶と共に埋められてしまった彼の大切な小箱。劇中でその中身が明かされることはないが、中身は恐らく、かつて恋人から送られながら、未だ読むことが出来ずにいる手紙であろう。それを彼は墓から掘り出すも、結局開けることはせず「またにしよう 明日にでも」と、過去と向き合うことを思い留まる。物語の開幕時と同様に。

ではこれは、ビッグフットを殺したところで彼の人生に変わりはなかったことを意味するのだろうか。確かに、彼の人生は一見変わりがないように見える。しかし、開幕から彼を悩ませていた靴の中の小石が最後には取れたのもまた事実である

何度も言うが、この映画が何をしたかったのか正直言ってよく分からない。こうして感想を書いてきたところで、本作が奇妙な映画だと言う印象は何ら変わらない。

しかし憎めない魅力があるのはこれまで書いて来た通りだ。質の良いドラマパートの演出や演技は勿論のこと、苦言を呈したビッグフットパートにしてもすべてがすべて悪いわけではない。山並みを始めとする自然の映像は綺麗だし、ビッグフットの口から流れ出る嘔吐物は、貰いゲロをもよおす程にリアルで笑えてしまう。

大手を振ってお勧めとは言い難い作品ではあるけれど、こんな映画もありますよ、と言うお裾分けの気持ちで感想を書いてみた。もし本作を観ずにここまで読んでしまった稀有な方がいるのなら、時間つぶしにはなるので是非とも見て欲しい。敬老の日は過ぎてしまいましたが、お勧めです。

ちなみに本作、制作総指揮にはかのダグラス・トランブルが名を連ねているのだが、一体彼がどのような貢献をしたのか是非とも教えて欲しい、と最大の疑問を呈したところで今回はこの辺で。ではでは。

ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男(字幕版)

The Man Who Killed Hitler and Then the Bigfoot (アメリカ/2019)
▶監督:ロバート・D・クロサイコウスキー
▶脚本:ロバート・D・クロサイコウスキー
▶制作:ロバート・D・クロサイコウスキー、パトリック・エウォルド、シェイクド・ベレンソン、ラッキー・マッキー
▶制作総指揮:ジョン・セイルズダグラス・トランブル、ジル・ダオスト、デボラ・シュライバー、ジョン・シュライバー
▶音楽:ジョー・クレイマー
▶撮影:アレックス・ベンドラー
▶編集:ザック・パッセロ
▶出演:
カルヴィン:サム・エリオット
青年時代のカルヴィン:エイダン・ターナー
ケイトリン・フィッツジェラルド
リズワン・マンジ
ラリー・ミラー
ロン・リビングストン

*1:とは言えビッグフットの不気味な顔の造形自体は悪くない。

*2:そもそもタイトルからして殺すのはまず間違いないのだが。