たぶん個人的な詩情

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【読書感想】スティーヴ・オルテン『メガロドン』――マリアナ海溝より蘇るは海洋史上最強の頂点捕食者。サメ小説界の『ジョーズ』(と言えるほどには面白い)。【サメ企画①】

はじめに

いよいよ始まってしまったひと月一本感謝の「サメ」感想企画。詳細は下記の記事で確認いただくとして、言ってしまえば月一ペースで一年間、計十二本、サメにまつわる作品の感想を書いて行こうという企画になります。

bine-tsu.com

そんな記念すべきサメ企画第一回に取り上げるのは、現代へと蘇った古代鮫メガロドンがこれでもかと暴れ回る海洋パニック小説『メガロドン』です。メガロドンといえば新生代*1に実在した十メートルを優に超える古代鮫でありまして、その鋭く大きな歯の化石は日本において長らく天狗の爪だと考えられていたのだとか。

映画好きの方であれば、ジェイソン・ステイサム主演のサメ映画、『MEG ザ・モンスター』(未見)における大顎を開けたメガロドンのビジュアルは記憶に新しいことでしょう*2。実は、本作はその原作小説でもあります。

この小説の存在を知ったのは十年ほど前のこと。読みたいとは思っていながら出会いに恵まれず、長いこと頭の片隅に置かれていたのですが、昨年たまたまブックオフで見かけまして、運命の巡り合わせに感謝し即購入。

しばらく積まれてはいたものの、自分の中では速いペースで消化され感想を書く今に至ります。個人的に満足行く作品で是非とも読んで欲しいお勧めの一冊なんですが、一つ文句がありまして、それはタイトルがころころ変わり過ぎていること。

この本は角川書店から翻訳出版されているんですが、元々は『MEG』のタイトルでハードカバーで出版、その後『メガロドン』に題名を変えて角川文庫より発売された過去があります(自分が存在を知って探していたのはこのバージョン)。

これくらいならまあよくあることだと思うんですが、さらに本書を原作とした件の映画の公開に合わせ、同じ名前で文庫版が発売されているんですよね。

そもそもこの小説が映画の原作だと知らなかったためしょうがないんですが、書店でこの最新版を見かけた際はてっきり映画のノベライズだと思っていまして、実物を何度も見かけておりながらその度にスルーしていました。

まあ『メガロドン』の表紙の安っぽさに惹かれて読みたいと思ったわけですし、最終的にこのバージョンに出会えたので終わり良ければ云々、とは思うものの、この手の販促は地味に困るということはご理解いただきたいものです。

と、初っ端から愚痴っぽくなりましたが、気を取り直して以下感想です。

あらすじ

かつて凄腕の海底探査艇操縦士として名を馳せたジョナス・テイラー。マリアナ海溝での事故をきっかけに操縦士をやめた彼は、海を離れ古生物学者へと転身。今やセンセーショナルな学説の提唱者として話題となっていた。

それは氷河期を境に絶滅したとされる巨大鮫、メガロドンが未だどこかの海に生息しているのではないか、というもの。周囲からの失笑を買う中、友人の頼みで彼は再びマリアナ海溝へと潜ることとなる。

任された仕事の傍ら、自身の説を裏付ける証拠を探すテイラーだったが、そこで彼が目にしたのは、海の奥深くで生き延びていたメガロドン、その姿であった。海底に閉じ込められていた巨大鮫が現代へと蘇る時、殺戮の舞台の幕が上がる。

感想

高いリアリティラインに則った一流のパニック小説

まず結論から書くと、この小説はめちゃくちゃ面白いです。サメ映画のノリで駄作と侮る勿れ、本作は一流のパニック小説であり、エンタメとして素晴らしい完成度を誇っています。中でも、高いリアリティラインに則ったフィクションであることは本作の特徴の一つで、昨今のサメ映画にありがちな荒唐無稽さに頼っていない点は注目に値するでしょう。

作中では絶滅したはずのメガロドンが氷河期を生き延びられた理由についても科学的な説明がなされており、エンタメ内の描写としては十分リアリティが感じられるものとなっています。特に水温の関係で深海に閉じ込められていたはずのメガロドンが、極寒の層を通り抜けて浮上できた理由については面白い説が展開されていまして、そういった点ではSF的な妙味もあると言えます*3

また本作は、エンタメ業界でメガロドンに着目したパイオニアとしても意義深い作品だと言えるかも知れません。サメ映画界隈ではお馴染み、知的風ハットさんの下記の記事によれば、映画界におけるメガロドンブームは90年代末から00年代初頭にかけてとのこと。この本の刊行が97年であることを考えれば、偶然の一致以上のものを感じてしまいます*4

brutus.jp

序破急──遭遇、追跡、死闘

本作は大別してメガロドンとの遭遇、追跡、死闘の3つのパートに分かれています。それぞれが序破急に相当し、緩急を持って展開されるストーリーは処女作ながら流石の一言。追跡パートくらいからは頁を捲る手が止まらず、翌日の予定など忘れて思わず一気に読んでしまいました。

遭遇

遭遇パートはいわゆる全体のタメの段階だと言えるでしょう。かつてメガロドンに遭遇しながら生還し、その後古代魚の生存説を提唱し続けた主人公。周囲の失笑にもめげずに唱え続けた彼の説が、遭遇という形で真実だと判明します。

あらすじからメグの生存を知っているため読者的に驚きはないものの、半ば蔑ろにされてきた主人公が認められていく過程はスカッとしますし、主人公の唱えるメガロドン生存説の内容には興味深いものがあります。

また深海に潜るまでの描写や機器の解説などは専門的で、素人からすればとてもリアリティに富んでおり読み応えは十分。この辺りから既に著者の意気込みが感じられるとともに、この本が単なる思い付きで書かれたわけではないことを感じさせられます。

追跡

破に当たる追跡パートでは、深海から現代へと蘇ったメガロドンを捕獲ないし殺害せんとする人々の奮闘が描かれます。専門家である主人公が長年の研究と洞察を基に、メガロドンの行動を予測し追いかけていくわけです。

ちなみにお察しの通り、この作品では深海ですべてが決するわけではありません。深海での遭遇を経て、その後は大海へと舞台を移し、人間とメガロドンとの追走劇が始まります。自分はてっきり潜水艇や研究施設などの閉所を舞台に、主人公たちが追跡されるストーリーが進むと思っていただけに、この展開は良い意味で驚きでした。

また多くのサメ映画では非現実的な理由からサメ退治が敢行される中、本作では真っ当な理由からメガロドン退治が行われるのは地味に気持ちのいいポイントです。脅威の度合いが世界規模なので退治せざるを得なかったりするのは、映画などのスペクタクルとして観るなら楽しめますが、現実に立脚した作品なら、この辺りはしっかり理由を固めて欲しいですよね。

さて、深海からの脱出を果たし、豊かな狩場で獲物を追いかけるメガロドン。それを更に追いかける主人公達。ここでは主人公達との直接対決は描かれないものの、メガロドンのスペックの高さや凶暴性などがいかんなく発揮され、その後の展開の期待度は否応なしに高まります。

ちなみに、この追跡パートではなんとメグVS原子力潜水艦ノーチラスの異種格闘を読むことが出来たりします。この辺りから徐々にリアリティ以上にリーダビリティ重視となっていくわけですが、これぐらいド迫力な展開あってこそフィクションというもの。この手の本を手に取るような人種ならきっと楽しめるはずです。

ja.wikipedia.org

死闘

そして最後の死闘パートでは、読者が待ちに待ったメガロドンによる虐殺が十二分に描かれます。パニック小説としての真骨頂はここにあり、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りをメガロドンが演じてくれるわけです。

このパートの映画的なスペクタクルは素晴らしく、むしろ映像化などしてしまったら食傷気味になるのでは、と思うぐらいにすごいものが描かれます。今までの理性的かつ論理的な描写が嘘のようにやんちゃな展開はただただ最高の一言。B級的な意味でのサメ好きならば拍手喝采間違いなしの暴れ様です。

ここに関しては多くを語るも野暮ですし、是非とも実際に読んで欲しいのでネタバレは避けますが、ただ一言言っておきたいのは、メガロドンを倒す際の描写で某B級サメ映画を思い出しててしまったのは私だけではないだろう、ということ。この大惨事にどう収集を付けるのかとハラハラしつつ、最後は一気に読み進めてしまいました。

世が世なら恐らくは不朽の名作

今やサメの主戦場と言えば映画ですが、小説でも十分に素晴らしいものを創り出せることをこの作品は教えてくれます。奇抜なアイデアへ逃げず、地に足を付け、メガロドンという素材を十二分に活かした本作は本当に素晴らしいと思います。

文庫本で400頁近くありますが、可読性は抜群。エンタメとして欲しいものがすべて詰まっています。サメ小説界隈なるものが今後確立されるなら、きっとこの小説は金字塔として歴史に名を残すことでしょう。言わば小説界の『ジョーズ』です。

惜しむらくは、小説という媒体における「サメ」の活躍が一向に増える兆しを見せないこと。そもそもの話、パニック小説というジャンル自体下火と言うか、映画に取って代わられた感がありますね。世が世ならもっと評価されていたのかも知れませんが、こればかりは今後のサメ小説の発展に期待するしかありません。

余談、もしくは日本の扱いについて

ちなみに、本作では主要な登場人物として日系アメリカ人が登場したり、日本の研究機関であるJAMSTECの名前、そして彼らが行ってきた深海探査の歴史などが取り上げられたりしています。そもそも、本作において深海に潜るきっかけというのが、日米共同で行われているマリアナ海溝での地震測定実験の不具合によるものなんですよね。

実験の不具合を調査するため、主人公に潜水を頼むこととなる友人というのがアメリカ側の責任者である日系のマサオ・タナカ博士。なんでも子どもの頃に親に連れられて渡米し、収容所で終戦を迎えた後、アメリカ人夫婦に引き取られたという設定になっています。どうやら資本の関係か、映画化に際してはこの日本人の役割が中国人に代わっているみたいなんですが、まあこれも時代の移り変わりでしょうね。悲しいですが。

おわりに

というわけで、感謝のサメ企画第一回は『メガロドン』の感想でした。べた褒めしていることからも分かる通り、普通に面白い作品なので興味があれば是非手に取ってみてください。映画の表紙を用いた『MEG ザ・モンスター』バージョンであれば電子書籍も販売されているようなので、手っ取り早く済ますならこちらがお勧めです。

最後に余談ですが、この小説の冒頭に、メガロドンが海辺のティラノサウルスを引きずり込んで捕食してしまうショッキングなシーンがあります。抜群の知名度を誇るこの暴君を倒してしまう程に強いメガロドン、といった意味を持つ重要なシーンではあるものの、最初の方にも書いた通り、この魚が生息していたのは恐竜が絶滅した後の新生代

これは単純に著者の勘違いとも取れるんですが、自分も長らくメガロドンと恐竜が共存していたという勘違いをしていた時期がありまして、何かそういった間違いを広める本や何かがあったんですかね。まあただの勘違いだとは思うんですが……。

と、長々と書いてしまいましたが今回はここまで。とりあえずサメ企画を一本は書けたので、次回以降に向けて面白いサメ作品を探す日々を送ろうと思います。では。

メガロドン / Megalodon (1997)
▶著者:スティーヴ・オルテン
▶訳者:篠原慎
▶発行所:角川書店
▶発行日:2001年7月25日

*1:ざっくり言うと、恐竜が絶滅した後の時代区分。いわゆる哺乳類の時代。

*2:タイトルの“MEG”とはメガロドンの愛称。

*3:リアリティを疑いたくなるぐらいにはこのサメは腹を空かし過ぎているし、パワフル過ぎでもある。とは言え、そうした理由についてもそれっぽい言い訳がなされているのは小説媒体らしい。

*4:もちろん、もしかすると更なる先駆者がいるのかも知れないが。