たぶん個人的な詩情

本や映画の感想、TRPGとか。

たぶん個人的な詩情

MENU

【読書感想】雪富千晶紀『ブルシャーク』――富士山麓にシャーク鳴く。トライアスロン開催が迫る中、巨大ザメが湖に潜むとの情報が・・・。【サメ企画⑥】

ブルシャーク (光文社文庫)

はじめに

夏と言えばサメ。サメと言えば夏。サメは冬の季語のようですが、これは恐らく食材としてのサメ由来なのでしょう。やはり、サメが人を襲うフィクションにおいて、海水浴場とサメの組み合わせに勝るものはありません。

それもこれも、すべては『ジョーズ』の影響ゆえ。サメの危険性を説く主人公と、利益を求めて強行する行政の対立。サメの脅威。逃げ惑う人々。サメとの対峙。

すべてのサメ映画は『ジョーズ』に通ず、と言えるほど、この映画の影響は図り知れません。それは映画でなくても同じこと。今回はそんな『ジョーズ』にインスパイアされた小説、『ブルシャーク』の感想をもって、サメ企画にしていきたいと思います。

bine-tsu.com

あらすじ

富士山を臨む来常湖(きつねこ)。地域復興のトライアスロン大会が迫る中、市職員の矢代は、湖に異変が起きていることを知る。水質の変化と、その調査に赴いた同僚の失踪。続いて、キャンプに来ていたカップルも、キャンプ道具を残して姿を消す。

湖を調査しに来た海洋生物学者の渋川まりは、湖にオオメジロザメがいると矢代に告げる。果たして事件はサメによるものなのか…。

日本の地方都市を舞台に繰り広げられる、骨太サメパニック小説。

感想

書店でたまたま出会った際に、ビビッと来て迷わず買った1年前の私を、いやそれよりもまず、この本を生み出してくれた作者の雪富さんを褒め称えたい。本作は、心の底からそう思える作品でした。

まず、日本を舞台に人食いサメの小説を書きあげたその心意気に脱帽。サメ被害の起こるアメリカやオーストラリアならいざ知らず、サメの恐怖を日本において、地に足の着いた形で実現してしまったのは本当に素晴らしいです。

また、欧米のサメ映画をただ日本に移し替えるのではなく、日本の風土に合わせているのも本作の魅力の一つ。駿河湾から湖に至る環境をこれでもかと活かす内容は、知的なエンタメに溢れていてとても面白かったです。

そして、本作は映画の脚本やノベライズではなく、小説として完成されているのもポイントが高い。クライマックスに至るまでの理由付けやディティールの細かさは小説ならではで、ホラー小説やSF小説のような味わいがあります。

小説と言う点でいえば、本作の視点が人間だけでなく、亀と言った動物に与えられているのも、小説らしい面白さだと言えるでしょう。危険な存在に湖を占拠された亀は、新天地を求めて湖を脱出する。彼らの視点から眺める「世界」と「人間」には、独特の面白さがあります。流石は、サメと並んで帯に描かれているだけはありますね*1

そして、お役所仕事による人的被害の拡大、ギクシャクする人間模様など、お決まりのイザコザも完備。個人的に、生物学者の悩みなどは少し食傷気味な感は否めないんですが、アクセントとしてはありだと思います。

サメ小説という枠を超えて、本作はパニック小説として秀逸であり、普通に小説としても面白いので、この手のジャンルが好きなら是非とも読んで欲しいと思います。

また、湖に何かがいる系のホラーとしても十分魅力的であり、流石は日本ホラー小説大賞受賞者。受賞作の『死と呪いの島で、僕らは』は、積んでいるはずなので、引っ張り出してきたいところです。

そして実はこの小説、続編もあるようで、その名も『ホワイトデス』。本作に引き続きサメの名前のみをタイトルに関しているのは、作者の強い意気込みを感じます。しかも扱われるのは人食いザメの代名詞・ホホジロザメなのだから、期待せざるを得ません。

book.asahi.com

まだ単行本しか出ていないようなんですが、見かけたら購入してみたいところ。今作が閉鎖的なホラー色が強かったのに対して、続編はもっとスケールの大きい感じなので、また違った魅力がありそうで楽しみです。

ちなみに、本作のクライマックスから、以前感想を書いた『メガロドン』を想起してしまったのは偶然か、はたまたオマージュか。それとも、ありがちな展開なのか。

上掲のインタビューによれば、作者の雪富さんはこの『メガロドン』のことを知っていそうなので、ちょっと気になるところです。

bine-tsu.com

おわりに

実はサメ企画のルールとして、映画や小説など、同じジャンルの作品を連続して取り上げない、と言う縛りがあったりします。中々に苦しい縛りなのですが、実はこの縛りを設けることにしたのは、何を隠そうこの『ブルシャーク』の存在を知ったからに他なりません。

第一回で取り上げた『メガロドン』以外にもサメ小説があるなら行けるか?、という見切り発車から始まったのが、このサメ企画だったわけです。

結局、見切り発車故に一時停滞するなどしてしまったわけですが、『ブルシャーク』をもって初心を思い出し、取り合えず12回までは書き上げたいところ。

ちょうど折り返しですし、来月も書けたら良いなと思いつつ、今回はこの辺で。何とか8月に滑り込めて一安心です。


▶ブルシャーク (2019)
▶作者:雪富千晶紀
▶カバーデザイン:泉沢光雄
▶カバーイラスト:ケッソクヒデキ
▶カバー印刷:近代美術

▶発行所:光文社
▶発行日:2023年2月20日初版第一刷発行

*1:本書の帯の左下には、ミドリガメが一匹描かれていたりする。