はじめに
趣味を尋ねられた時の返答は決まっている。読書と映画感想だ。無趣味の代名詞のような二つだが、実際に趣味なのだから仕方がない。それに、最近知名度が上がってきているとは言え、TRPGを知らない人に、一からゲームについて説明をするのは面倒だ。
そんなこんなで、私の趣味は読書と映画感想となるわけだけど、そこから派生した趣味と言うか習慣の一つに、ブックオフの百円棚で1000円チャレンジというものがある。
正確には1100円チャレンジ。お札と小銭それぞれ一枚で、満足のいく本を買う。こだわりは、未だに新刊で買える本は極力買わないこと。それだけ。
積読が増えるという難点はあるが、世の数ある趣味の中ではリーズナブルだし、ちゃんと本さえ読めばコスパも良い。……我ながらせこい趣味だなとは思う。
しかし、最近のブックオフでは110円の棚は絶滅危惧種となりつつある。多くは220円以下で括り、店によっては330円以下なんてところもある。そんな棚から、さもしくも110円の本を探していく。書いていて悲しくなるが、それが私の趣味だ。
そんなこんなで、ブックオフに寄っては積読を増やす日々を過ごしているのだけど、それだけ立ち寄っていると、格安棚お馴染みの本というものがあることに気付く。
同好の士であれば「ああ、あれとかかな」と頭に思い浮かぶ本があることだろう。今回私が書いていく本も、ブックオフでの遭遇率が高めの一冊、いや厳密には二冊となっている。
あらすじ
舞台はレバノンの首都・ベイルート。考古学者のイヴリンは、古い友人の古物商から一枚の写真を見せられる。そこに映っていたのは一冊の写本。尾を食らう蛇、ウロボロスが表紙に型押しされた古い本だった。
かつてウロボロスが壁面に描かれた謎の遺構を調査した過去を持つ彼女に、古写本の買取りを依頼する古物商。再び会う約束をした二人だったが、彼女は謎の組織に拉致されてしまう。
イヴリンの娘の遺伝子学者・ミアは、母が拉致される現場を目撃。CIAの職員・コーベンと共に、ミアは母の救出を目指す。二人はイヴリンを助け出すことができるのか。そして写本に書かれた秘密とはいったい……。
感想
実はこの本、新刊で発売された頃から気になっていた。気になってはいたのだけど、気づけば書店から姿を消し、次に出会ったのはブックオフ。悲喜こもごもな再会だが、とは言え上下巻揃っていなかったり、百円ではなかったりしたので、最近まで購入には至らなかった。
ただ、テーマ自体は非常に心をそそられる一冊だったので、いつかは読みたいと思っていた。ウロボロスと言えば、錬金術のシンボルとしてよく知られる、自らの尾を食らう蛇のこと。
初めてこの蛇を知ったのはいつだか覚えていないが、ファンタジーから読書沼に入った私にとって、このシンボルは見逃せない。しかも、ウロボロスが描かれた写本をめぐる歴史アクション小説なのだ。興味が沸かないわけがない。
日本で発売されたのは2009年。原作の出版は2007年。古い遺物を巡って繰り広げられる陰謀劇ということで、当時受けた印象としては、数ある『ダ・ヴィンチ・コード』フォロワーの中の一冊、といったものだった気がする。
当時は『ダ・ヴィンチ・コード』のドジョウを狙う作品が、二匹目と言わず多数出版されていたわけだが、そもそも作者レイモンンド・クーリーの処女作は、これまたブックオフ格安棚常連の『テンプル騎士団の古文書』なのだ。
テンプル騎士団はダン・ブラウンの作品でも取り上げられており、この手の作品の常連も常連。そういう目で見られても仕方がないだろう。
とは言え、本作はドジョウ云々を抜きにして、まずエンターテインメントとして面白い作品となっている。ドラマの脚本畑出身と言うこともあって、キレの良い展開は一気読み必至。先の気になる展開と、テンポの良い構成は読みやすく、上下巻であっても一気に読み切ってしまった。
また、中東という舞台をこれでもかと活かしているのも本作の魅力の一つだ。作者のレイモンド・クーリーはレバノン生まれ。ベイルートの大学を卒業後、レバノン侵攻を機に国外へ脱出し建築関係や金融関係で働いていたという異色の経歴を持つ。
経歴に名前負けすることなく、現代のレバノンを中心に、イラク戦争やCIA、果ては近世ヨーロッパの伝説的な人物を繋ぎ合わせ、一つの物語にしてしまう手腕は流石という他ない。
特に(フィクションではあるが)イラクによる人体実験という科学的な要素と、中世の妖しい写本が繋がってくる興奮は計り知れず、まさに「科学と魔術が交差」している一冊だ。合間に挟まれるアクション映画的な銃撃戦もとても楽しい。
また舞台設定や構成だけでなく、本作はキャラクターも魅力的だ。一筋縄ではいかないCIAのエージェント。人体実験を繰り返す医師。写本の秘密を知る謎の人物。深みはないが、それぞれのキャラが物語に必要な色どりを添えてくれる。
ただし、大風呂敷を広げた割に、歴史的な設定を活かしきれていないのは否めない。ウロボロスという魅力的なアイコンを用いながら、その歴史的な裏付けはあまりにも弱い。言ってしまえば、本作は頭から尻尾までフィクションに過ぎないのだ。
もちろん、ダン・ブラウンの作品がノンフィクションだと言うつもりはない。しかし彼の作品には真実味があった。対する本作は、読者を騙すはったりが弱過ぎる。アクション映画的な脚本はよくできているが、歴史を扱う小説としては薄味も薄味だ。
この手の題材を扱う小説に対し、もっとこってりとした蘊蓄や裏付けを楽しみにしている身からすると、期待した分だけ残念な気持ちになる。主人公のミアがベイルートに来た理由である、フェニキア人の遺伝的ルーツを解明するプロジェクト、という設定が活かされていないのもがっかりだ。
そもそも、攫われた考古学者の娘・ミアの魅力が弱いのも本作の残念なポイントで、脇を固める登場人物の方がキャラが立っている分、「守られる女性」像からミアは最後まで抜け出せていない。
また、以前『五つの星が列なる時』という、これまた『ダ・ヴィンチ・コード』のドジョウ的なミステリの感想を書いた時にも書いたが、物語の中心人物が事件の核心に迫る知識に疎いというのは、動きが制限されてしまって良くない(と素人ながらに思っている)。ミアの遺伝子学者要素は必要だったのだろうか?
おわりに
と、最後は辛口の感想となってしまったが、本作がエンタメとして一気読みするには打って付けの作品であったことは間違いない。
少なくとも、2024年9月21日現在、アマゾンのレビューが1つ(しかも上巻のみ)しかないレベルの作品ではないと思う。もう少し知られても良いのに、との思いを込めて今回は感想を書いてみた。
新刊でお勧めすることは物理的にも内容的にもできないものの、気が向いたらブックオフの棚から助け出して読んで欲しい。本作はそんな作品だ。
ネタバレにならないよう、触れていない面白要素もある。興味があれば、ぜひ実際に自分の目で確かめて欲しい。面白さの保証はできないけれど……。