はじめに
本にしても映画にしても、まったく知らない作品と出会った時には取り合えずアマゾンで評価を覗いてしまうことがあります。レビューの星が多ければ腰を据えて挑むことができますし、少なければ肩の力を抜いて流せるわけです。
人によっては星の少ない作品などそもそも触れようとしないのかも知れませんが、人の評価はあくまで人の評価。掘り出し物があるかもしれないですし、自分が気になって手に取ったはずの作品の評価が低いというのは逆に気にもなってきます。
と言う訳で、今回はタイトルに反してアマゾン評価で星が3つも並ばないサスペンスミステリ、『五つの星が列なる時』の感想です。
あらすじ
オックスフォードで一人の若い女性が殺された。切り開かれた遺体に残されていたのは古代の意匠が施された一枚のコイン。数日後、儀式を思わせる遺体が再び見つかったことで、事件は連続殺人の様相を呈すことに。偶然事件現場を目撃した推理作家のローラは、元夫で警察の仕事を請け負う写真家のフィリップと共に事件を調べ始める。
調査を進める内に、ローラはコインが古代エジプトに由来し、犯行が占星術に基づいて行われていることに気付く。更に百年以上前にも同様の事件が起きていたことを知った二人は、事件の深みへと落ちていく。錬金術師として真理を求めるニュートンの過去も交錯するサスペンス・ミステリ。
感想
錬金術に占星術と言ったオカルトネタに歴史上の偉人ネタ、合間に挟まれる犯人視点など、どうしてもダン・ブラウンフォロワーと言った印象が否めない本作ですが、先にも書いた通りアマゾンの評価は星5つ中の2.5と、お世辞にも高いとは言えません*1。
実際感想を漁ってみると、『ダ・ヴィンチ・コード』と比較して本作の欠点に触れている感想を数多く見かけます。どちらかと言えば同著者の『天使と悪魔』の方が近い気もしますが、それはさておき、好意的な感想が少ないのは確かです。
特に多い意見として見受けられるのは本作のリアリティラインの低さ。終盤の『インディ・ジョーンズ』的ギミックは好みの問題と片付けるにしても、歴史的記述の作り込みが素人目にもフィクションだと気付かれるレベルなのは確かに気になります。
例えば事件現場に残された古代の意匠が施されたコイン。主人公はこの「アルカノン・コイン」を調べることで事件が儀式めいたものだと気付くわけですが、このコインの設定がどうも怪しいんですよね。
紀元前400年頃のエジプト(厳密にはクシュ王国)から出土したコインのレプリカとされてはいるものの、エジプトにおいて貨幣が使われるようになったのは恐らくプトレマイオス朝時代から。
この王朝の成立は前305年とアルカノン・コインの成立から百年ほどの隔たりがありますし、描かれた意匠も古代エジプトのものとはちょっと思えません。本書が扱う錬金術及び占星術同様、ヘレニズム以降のヘルメス文書をモチーフにしたようですし、フィクション感が増すなら無理に古代エジプトまで起源を遡らなくても良かったのかなと。
またミステリとしての意外性が弱いのも否めず、似たようなミスリードを扱うにしてもやはりダン・ブラウンに軍配が上がります。話は逸れますが、ダン・ブラウンのミスリードって大体同じパターンではあるものの、使い続けているだけあってその分の上手さがありますよね。もはや熟練の域と言うか。
話を戻すと、やはり本作が未熟な作品であることは確かです。ただここまで書いておいて何ですが、個人的には世間の評価ほどつまらなくはないと思っていて、むしろ結構面白い部類だとすら思っているんですよね。「お勧めなので是非読んで欲しい!」とはならないにしても、そこまで言われるほどかなあ、みたいな。
オックスフォードを舞台に起きる凄惨な連続殺人事件。何らかの儀式を思わせる犯行には錬金術と占星術が関係しており、過去にも同様の事件が起きていたらしい。しかも調査を進めていく内に、事件の背景にはかのアイザック・ニュートンが関係していることが判明して……と、盛り上がる要素は十分。
展開はスピーディで文章も読みやすく、小説デビュー作としては十分な出来栄えだと思います。掘り出し物として満足ですし、グロめな描写とオカルトネタが好きで、リアリティよりもリーダビリティ重視の作品が読みたいのなら十分に有りでしょう。読む際は午後ローでやってるサスペンス映画を観るぐらいのスタンスで挑むのがお勧めです。
最後に、この本を読んでいてふと感じたことに触れて終わりにしたいと思います。それと言うのは、この手の専門知識が事件に絡む作品の場合、主人公か相棒枠に専門家を配置しないと作品の幅が狭まるなあ、ということ。
主人公たちが専門家でない場合、情報を出すタイミングが図書館での調査パートなどに限られてしまい、小出しに情報を出すことが難しくなるんですよね。図書館で得た情報を一気に開陳することは出来ますが、それではフットワークが悪く、細かい情報を読者に伝えられません。そして、細かい情報による歴史的な裏付けは、作品にリアリティを持たせる上で重要なことは言うまでもないでしょう。
おわりに
僕の好きなアニメに『遊戯王デュエルモンスターズGX』というカードゲームアニメがありまして、その敵の中にアムナエルというキャラクターが出て来るんですよね。
彼は賢者の石を目的として錬金術の研究に取り組んでいる錬金術師なんですが、それを反映してか、使用するカードは≪黄金のホムンクルス≫や≪ヘリオス・トリス・メギストス≫など、錬金術ネタで固められていました。
で、そんな彼の使用するカードの中に≪グランドクロス≫というカードがありまして、見ていた当時は「なんで宇宙?」と無知を晒してアニメを見ていたわけですが、今にして思えばこれはもちろん占星術用語。
4つの惑星が十字に並ぶ現象のことを指していまして、これは占星術において不吉な配置とされています。条件付きでモンスター全てを破壊する効果に相応しい名前の由来なわけですが、それはさておき、この本を読めばわかる通り、錬金術と占星術には密接な関係があるわけです。
と言う訳で、だから彼は宇宙関連っぽいカードも使っていたのかと、アニメ放映終了から十年以上の月日が流れた今になってその理由に気付いたという日記を書いて終わりにしたいと思います。
▶五つの星が列なる時 (EQUINOX/2006)
▶作者:マイケル・ホワイト
▶カバーアート:©Wil Immink Design
▶カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
▶発行所:早川書房
▶発行日:2007年5月25日初版発行
*1:2022年11月7日現在。