たぶん個人的な詩情

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【映画感想】『空飛ぶ翼蛇』――怪蛇・ケツァルコアトルによる不可解な死に挑むミステリ作家。倒叙ミステリチックな珍作。

空飛ぶ翼蛇(字幕版)

はじめに

恐竜と同じ時代を生きた空飛ぶ爬虫類、翼竜。恐竜といえばティラノサウルスであるように、多くの人が翼竜から連想するのは、長いトサカが特徴的なプテラノドンだと思われます。数々のフィクションにおいてその姿を見せてきたこの翼竜に、知名度の点で並ぶ者は恐らくいないでしょう。

しかし、大きさの点ではどうでしょうか。こんな勿体ぶった口ぶりである以上当然なのですが、史上最大の翼竜プテラノドンではありません。他にいます。

その名もケツァルコアトルス

最大級の翼竜とされるこのケツァルコアトルス、翼を広げた全長は少なく見積もっても10mは下らず、およそ12m程であったというのが定説となっているようです。大型のプテラノドンでも9mほどであったことを考えれば、その差は歴然。


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私自身は未見ながら、『ジュラシック・ワールド』シリーズの最後を飾る「新たなる支配者」でも、主人公達が乗る飛行機を襲う大活躍を見せていたようですね。果たしてこのようにパワフルであったかどうかは分かりませんが、こんな大きな生物が空を飛んでいたという事実だけで恐ろしく、同時に言い様もないロマンを感じてしまいます。

そんなケツァルコアトルス、「ケツァル」で「コアトルス」と、聞き馴染みのない音の並びをしていますが、それもそのはず、この名前は古代ナワトル語で「羽毛を持つ蛇」を意味するアステカ神話の神、ケツァルコアトルに由来しているのです。

人類に火をもたらした文明神としての側面の他、元は農耕神として崇められていたこの神様は、人の姿で描かれていた他、名前の通り翼を持った蛇としても描かれており、最大の翼竜の名前としてはまさに打ってつけだと言えるでしょう。

子どもの頃恐竜にお熱だった私などは、図鑑で読んだ翼竜の方からその由来となった神様を知った口ですが、今や古生物以上に神話や神々に関心を持っているのだから人間分からないものです。

閑話休題

と、長々とどうしてこんな話をしていたのかと言えば、今回感想を書いて行くB級ホラーサスペンス、『空飛ぶ翼蛇』の「翼蛇」こそ、まさにこの蛇神・ケツァルコアトルに他ならないからです。

と言っても、作中で描かれるのはケツァルコアトル自体と言うより、その名が付けられた古代の爬虫類と言った感じで、神様らしい超常性もなければ全能感もない、ちょっと凶暴な生物に過ぎません。恐らく、作中ではこの生物を基に神様が創造された、と言った感じの設定なのでしょう。

ちなみに、この神の名を冠することとなる翼竜が発見されたのは1971年のこと。映画が公開されたのは1946年のことなので、古生物にケツァルコアトルの名前を付けるというのはこっちが先。ある種予言的ですね。

では、少々長くなりましたが以下感想です。

あらすじ

アステカの皇帝、モンテスマが遺した財宝を手に入れた考古学者フォーブス教授。彼は財宝独占のため、宝の守護者である空飛ぶ爬虫類・ケツァルコアトルの習性を用いて財宝に近付く者を殺害していく。かの爬虫類は自身の羽を取り戻すため、その持ち主を殺して羽を奪い取るという習性を持っていたのだ。

ケツァルコアトルの被害者は全身の血を抜かれ、周囲には足跡も残らない。そんな不可解な死の謎を解くため立ち上がったのは、ラジオ番組でパーソナリティも務める推理作家のリチャード・ソープ。彼はその並外れた頭脳を用い、実際の事件をリアルタイムで解決するという番組を持っていた。

捜査のためにメキシコへと赴いたソープは、鋭敏な頭脳の働きで事件の真相に近付いていく。危機感を覚えたフォーブスは、秘密を暴く者を亡き者とするため、彼の手元に羽が渡るよう細工し……。

空飛ぶ翼蛇(字幕版)

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  • ジョージ・ザッコ
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感想

この手の映画の例に漏れず、お世辞にも素晴らしい出来の作品とは言えないものの、ただの駄作と切り捨てるのは忍びない、個人的には中々楽しめる映画でした。

モンスターが暴れ回るパニック映画というよりかは、超常現象を題材としたミステリと言った雰囲気で、ストーリーの軸は犯人と探偵役の腹の探り合いにあります。言うならばケツァルコアトルは遠方から人を殺せる凶器に過ぎません。しかも足跡を残さずに血を吸い尽くすという不可解な方法で人を殺せるのだから、邪魔者を排除するには打ってつけの手段だと言えるでしょう。

普通こんな生物が事件に関与していることなど推理のしようがありませんがそこはフィクション。推理作家である探偵役のソープは、天才的な閃きとご都合主義展開によって犯人を追い詰めていきます。

そのため不可能犯罪をロジックで解決するといった面白味はないものの、犯人が探偵に協力すると見せかけて次の犠牲者にしようとしたり、ラジオを通したリアルタイム推理実況で犯人の反応を窺ったりといったドラマ部分は倒叙ミステリーならでは。役者の演技も相まって見応えがあります。

最後に翼蛇のパペットについてですが、魔法使いの持っている杖に翼がくっついたようなフォルムをしており、ヘビというかキジというか、兎にも角にもあまり出来が良いとは言えません。初っ端から暗がりでの登場だったり遠くからの撮影だったりと、ボロを出さないための配慮がなされているのも納得です。ただし飛行の際に羽ばたく翼の操演は見事で、これについては思わず感心してしまったほど。

総じて出来の良い作品ではありませんが、テンポが良く見やすい作品なのは確か。アマプラなら無料で観られますし、時間も一時間弱と短いので物好きなら見て損はないやも知れません。日本語版のディスクも出ていないようですし、アマプラにあるのは逆にレアなのかも。

おわりに

と言う訳で珍作『空飛ぶ翼蛇』の感想でした。ブログに感想を書くくらいには楽しめたどこか憎めない作品なので、古き良き映画感を味わいたくて時間を持て増しているのならば是非とも見て欲しいと思います。

最後に余談を一つ。

本作を見ていて気になったことがありまして、それはアメリカにおけるケツァルコアトルという神様の知名度について。個人的にあまり有名な神様だとは思っておらず、実際モンスター映画と言うジャンルで見ても、この蛇神を扱っている映画は知っている限りで『空の大怪獣Q』(未見)のみ。

しかもこの映画は『空飛ぶ翼蛇』の英語版ウィキによれば本作のリメイクとして扱われているんですよね。ストーリーもまったく異なり、ウィキ上でも引用がない不確かな情報ではあるんですが、もし本当なら『Q』における蛇神のオリジナリティはなくなります。またこの情報の正否は抜きにしても、ケツァルコアトルがモチーフとしてあまり見かけない神様であることは確かです。

もちろん知られてはいてもモチーフとして扱い辛い、面白みがないと言った可能性は十二分にありますし、単純に私が知らないだけで本当はその手の作品が他にもたくさんあるのかも知れません。アメリカにおける知名度も含め、詳しい方がいれば教えて頂けると幸いです。

ちなみにこの神を扱った作品としては、『チャタレイ夫人の恋人』などで知られる作家のD.H. ロレンスがメキシコ旅行をきっかけに書いた『翼ある蛇』(The Plumed Serpent)なんて作品があったりします(当然未読)。

実際に神様が出てくる類の小説ではないものの、ちょっと読んでみたくはありますね。

では、ちょいとばかり長くなりましたが今回はこの辺で。

▶空飛ぶ翼蛇 / THE FLYING SERPENT(1946/アメリカ)
▶監督:サム・ニューフィールド
▶制作:シグムンド・ニューフェルド
▶原案:ジョン・T・ネヴィル
▶脚本:ジョン・T・ネヴィル
▶撮影:ジャック・グリーンハル
▶出演:
フォーブス教授:ジョージ・ズッコ
リチャード・ソープ:ラルフ・ルイス
メアリー:ホープ・クレイマー