たぶん個人的な詩情

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【読書感想】ラング・ルイス『友だち殺し』――犯人は友人グループの中に。ほろ苦い青春小説風味のホワイダニットの佳作。

友だち殺し (論創海外ミステリ)

あらすじ

大学の医学部長秘書の職に就いたケイトは、前任者のガーネットが突如職を辞し大学を後にしたことを知る。若く美人であった人気者のガーネット。彼女が一言もなく姿を消した事実は、友人たちに少なからぬ衝撃を与えていた。駆け落ちしたとの心無い噂もなされるが、彼女の行方を知る者は誰一人としていなかった。

しかし、彼女が物言わぬ死体となって姿を現したことで物語は動き出す。学部長のコールダーは内密にことを進めるため、知人のタック警部補に事件の捜査を依頼する。果たして彼女の死の真相とは。

感想

原題は“Murder Among Friends”。翻訳では「友だち殺し」と意訳しているが、直訳するならば「友達の中の殺人者」とでもなるだろうか。原題通り、犯人候補は早々に絞られる。被害者の死を悼む友人の中に殺人犯はいるのだ。

舞台は大学。最初読者に視点を提供してくれるのは、新たに医学部長秘書の職に就くこととなったキャスリン(ケイト)・ファー。彼女は同大学の卒業生であり、医学部には当時恋心を抱いていた友人・ジョニーが未だ在籍している。

彼と再び出会えたことを喜ぶのも束の間、彼女は自身のポストが前任者の失踪によって幸運にも舞い込んできた事実を知る。若く美しかったガーネット・ディロンは、誰に行き先を告げるでもなく書き置きを残し姿を消していたのだ。

彼女の失踪がもたらした気まずさと奇妙な不和を残された学生たちから感じつつ、ケイトはジョニーの案内の元、新たな職場を見学する。そして二人は図らずもガーネットがどこへ姿を消したのか知ることとなる。変わり果てた姿で発見された元秘書の死に不審を抱いた医学部長は、知人のタック警部補に内密に捜査を依頼する。こうして我々読者はタック警部補という警察側の視点と、新たに友人の輪に加わったケイトの視点を通して真相に迫っていくこととなる。

本書はまっとうな推理小説、所謂「フェア」な作品だと言えるだろう。殺害方法は早々に判明するため、問題となってくるのは動機と犯人の二つとなるのだが、特にホワイダニットとしては中々に秀逸で読み応えがあり面白い。だがしかし、本作の魅力はミステリとしての緻密さや構成の巧さよりも、むしろ作品から匂い立つ文学的な香りにあると思う。本書の文章表現や人間関係の描き方、そしてその結末からは、ほろ苦い青春小説のような味わいを感じるのだ。

そのため、本書を推理小説として読むと確かに物足りなさを感じるかもしれない。人によっては評価も低くなるだろう。だがしかし、個人的に本作は物凄く刺さった。読み終えた際に、名作特有の読後感に包まれたというと少し大げさかもしれないが、良い小説だと感じたことは間違いない。

ガーネットを失った友人グループの、各人何かを隠しているかのような緊張感。徐々に明かされる事件の真相と内に秘めた想い。先ほど推理小説としての魅力については弱いと書いたが、品の良い推理小説特有の味わいももちろんある。

また、舞台が40年代アメリカであるという点も面白い。大学生活自体は意外にも現代と通ずるものがあり驚きは少ないが、例えば作中で披露される遺伝学に関する展望などは中々に興味深いものがある。少し人を選ぶかもしれないが、個人的にはとても好きな小説なので、一人でも多くの人に読んで欲しい。

ちなみに、ガーネット・ディロンの遺体が発見される経緯はこの記事では意図的に触れないようにした。本作においても一、二を争う程に衝撃的なシーンであるからこそ、これについてはネタバレなしの新鮮な気持ちで読んで欲しいと思ったからだ。

また当然本書の結末についても語りたい気持ちはある。だがしかし、最大のネタバレについても大っぴらに書くつもりはない。ただ言葉を濁して書くならば、私は「彼」の選択を否定することが出来ないし、それを踏まえて為された「彼女」の選択の人間味を否定することもまた出来ない。

▶友だち殺し / Murder Among Friends(1942)
▶著者:ラング・ルイス
▶訳者:青柳伸子
▶装画:佐久間真人
▶装幀:宗利淳一
▶発行所:論創社
▶発行日:2015年6月25日初版第一刷発行