たぶん個人的な詩情

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【読書感想】『暗黒神話体系クトゥルー3』――ラヴクラフト以前以後、玉石混交の作品集。「カルコサの住民」「黄の印」「暗黒のファラオの神殿」……。

はじめに

いつの間にか新年を迎えてしまった今日この頃、皆さんは如何お過ごしでしょうか。自分などは文字通り寝正月と言った有様で、あまり正月らしいことは出来ておらず、やっていたことと言えば本を読むことぐらい。

しかも別に冬や正月にちなんだ本でもなく、読んだのは平常運転の怪奇小説、と言うか相変わらずのクトゥルーもの。と言う訳で、今回は以前感想を書いた青心社の『クトゥルー4』に引き続き、一つさかのぼって『クトゥルー3』の感想です。

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感想

先の記事にも書きましたが、こちらのシリーズはどこから読んでも問題ない作りとなっているため、気になる短編が収められた巻から拾い読んでいくのが良いと思われます。

とは言え、以前感想を書いた『クトゥルー4』が初心者にお勧めの作品集となっていたのに対し、今回感想を書いていく『クトゥルー3』は正直言って初心者向けの作品集ではありません。

と言うのも、他作品との繋がりが強い短編がぽんと放り込まれていたり、ラヴクラフトによる作品の前日譚・後日譚が個別に収められていたりと、初心者には優しくない玉石混交具合になっているんですよね。

例えば「黄の印」は本書屈指の名作ですが、チェンバースによる『黄衣の王』*1を巡る他の作品と一緒に読んだ方が楽しめるでしょうし、それはラヴクラフトの「銀の鍵の門を越えて」についても同じことが言えます。

こちらの「銀の鍵の門を越えて」は、ラヴクラフトの数々の作品にて主人公を務める稀代の夢想家にしてオカルティスト、ランドルフ・カーターの最後の作品であり、前後関係が分からない中、単発で読むのはあまりお勧めできません。このランドルフ・カーターものについては創元推理文庫の『全集6』にまとめられていますので、興味があれば是非ご一読を。

また、本書に収められた作品にはいまいち統一感がなく、初心者に強いてお勧めするような取っ掛かりがないのも勧め辛い理由だったりします。強いて言うなら、ラヴクラフトが借用した「彼以前」の作品*2と、彼の作品に影響を受けて書かれた「彼以後」の作品*3を収めた作品集、とでも書けば聞こえはいいのでしょうが、そうなるとスミスの作品や「銀の鍵の門を越えて」が浮いてしまうため、いまいち自信を持ってそうだとは言えないのが正直なところ。

そして本書の中でも特に面白い作品、例えば「黄の印」や「銀の鍵の門を越えて」が今となっては他の作品集で読めてしまうことも、初心者に勧め辛い理由の一つです。とは言うものの、ビアスの「カルコサの住民」を読むならこの本が一番手に取りやすいでしょうし、これにしか収められていない短編もあるため、そうした作品が読みたいのであればこの本を読むのは普通にありだと思います。私もブロックの「暗黒のファラオの神殿」目当てにこの本を買いましたし。

ちなみにこちらの「暗黒神話体系シリーズ」は比較的息の長いシリーズではあるんですが、一部絶版になった巻もあったりと、もしもと言う可能性もあるので、少しでも興味があれば買っておくのが吉かと思われます。……かく言う私も10巻と12巻を買い逃して後悔している者の一人です。

と言うわけで以下各作品の感想です。具体的なネタバレはしていませんが、匂わす程度には書いているので気になる方はご注意ください。

「カルコサの住民」アンブローズ・ビアース

初読。かの有名な『悪魔の辞典』を始めとする作家活動の他、ジャーナリストとしてもその能力を遺憾なく発揮し、南北戦争の史跡を巡る旅の途上に謎の失踪を遂げたアンブローズ・ビアスの短編。

見知らぬ土地で目覚めた男が故郷を求めて彷徨い歩き、辿り着いた先は…と言った内容の作品で、ごくごく短いながら幻想小説として一級の出来栄えとなっている。ビアス岩波文庫の『いのちの半ばに』と言う短編集を読んだ限りなのだけど、本作はあの中に収められている短編「アウルクリーク橋の一事件」の亜種と言えるかも知れない。

クトゥルフ神話的には、後にハスターの馴染みの地として知られることとなるハリとカルコサの出典元の作品となっている。

「黄の印」ロバート・W・チェンバース

既読。久しぶりに読んだのだけど、流石に面白かった。この作品集の中でも抜きんでた出来栄えなのは勿論のこと、クトゥルフ神話云々を抜きにして、一つの怪奇・幻想ジャンルの作品としてもとても大好きな作品。

ひょんなことからとある絵描きが異常な事態へと巻き込まれ、徐々にその深みへと嵌っていき、取り返しのつかないところまで行ってしまう一連の流れが詩情を伴って描かれている。個人的な話で恐縮だが、戯曲『黄衣の王』を題材としたTRPGのシナリオを自作するのに躊躇が起きるのは、この作品の完成度と詩的な雰囲気をゲームに落とし込むことに難しさを感じているからに他ならない。

神話作品としては、『クトゥルフ神話TRPG』にてハスターの化身と設定された黄衣の王と、読んだ者は不運な最期を遂げるとされる同名の戯曲、そして彼の存在のシンボルとされる「黄の印」が登場する。

その他、チェンバースの『黄衣の王』にまつわる短編は下記の創元推理文庫に収められているので良ければ手に取っていただきたい、と言いたいところなのだけど、調べてみるとどうやら現在は結構なプレ値が付いている様子。

ただしこの『黄衣の王』、ありがたいことに今ではBOOKS桜鈴堂さんからも翻訳が出ていたりするので、興味のある方は是非とも手に取っていただきたい。別に回し者ではないのだけれど、公式サイトから試し読みも出来るようなので是非是非。

「彼方からのもの」C・A・スミス

初読。久しぶりに親戚の芸術家を訪ねた語り手は、これまでの彼が手掛けた作品からは想像も出来ないほどに素晴らしく、それでいて禍々しい彫刻の数々に出迎えられる。驚きを隠せない語り手に自らの作品を誇らしげに披露する親戚の男は、一体何をモチーフにこれらの作品を作り上げたのだろうか……。

つまらなくはないものの、スミスの作品にしてはパンチの弱さが否めない短編。ただし真昼間の書店にていきなり化け物を幻視する導入は引き込まれるし、親戚の手になる曰くありげな彫刻を目にして…、と言う流れもありきたりだがやはり悪くない。語り手が再び垣間見ることとなる異界の描写もまた見事。水平方向に広がっていた異界の幻影が突如として垂直方向へと傾き、そこに転落するかのような錯覚に襲われる、なんて描写はシンプルながら素晴らしいと言う他ない。そして物語のラストはどこかロマンチックな雰囲気漂うわけだが、これはラヴクラフトを始めとする他の神話系作家には見られないものだろう。

「邪神の足音」ダーレス&スコラー

初読。いわゆる幽霊屋敷ものの典型のような作品で、開かずの間のある曰く付きの家を借りた語り手が、その部屋から聞こえてくる足音に興味を惹かれてその真相を暴こうとすると……な短編。

極端につまらないわけではないものの、先のスミスの作品同様「クトゥルー」を謳った短編集に入れる必要があったのかと言われると少し疑問が残る。神話要素らしいものはほとんどないように感じられるのだが、スミスやダーレスによる作品だから入れたのだろうか。草の生え具合からそこに人が埋められていることを仄めかすと言った描写は個人的に好み。また作家である主人公が、自らの手掛けている作品について思いを巡らす様子などは笑いを誘われる。

「暗黒のファラオの神殿」ロバート・ブロック

初読。はじめにも書いた通り、この作品のためにこの本を手に取った。具体的にはネフレン=カ*4の記述が気になったためなのだけど、情報収集目的を抜きにしても普通に面白かった。

伝説上のファラオ、ネフレン=カの墓の発見と言う考古学上の偉業にあと一歩と迫ったカータレット大尉は、ある日アラブ系の男の訪問を受ける。ネフレン=カの墓へと連れて行くとの男の提案に不安を覚えるカートレットだが、誘惑には抗しきれず、彼は男に付いていくことを決意する。そこでカートレットが見たものとは……。

未来視の力を得たネフレン=カが死の間際に描いた絵巻のスケールの大きさと、それを眺める内に次第に募り行く絶望感は、展開が分かっていても読みごたえがある。また未来視の運命に自らも組み込まれていることから来る虚無感は、ラヴクラフトの「時間からの影」を彷彿とさせる宇宙的恐怖を感じる。

神話的な要素としては、暗黒のファラオ・ネフレン=カと、エジプトにおけるナイアーラトテップの詳細、そしてその神の象徴たる「真実の盲いた類人猿」なるワードが登場する。またルドウィク・プリンについては少し詳しめに描かれている気がする。

「サンドウィン館の怪」オーガスト・ダーレス

初読。従弟の家に突如呼び出された語り手が、従弟の家系にまつわる怪異を垣間見ることとなる系の作品。ラヴクラフトによる「インスマスの影」の後日譚、と言えるほど直接の関係はないものの、インスマス摘発後も彼らが生き永らえている様子が描かれる。

館に漂い始める魚臭さや、どこからともなく聞こえてくる美しくも不気味な音楽、と言った五感に訴える要素で恐怖を煽るなどの基本は抑えられており、傑作・名作の類ではないものの普通に楽しめる怪奇小説

ただし邪神との契約のために命の危険にある登場人物が発する「クトゥルーやイタカになら対抗手段はあるが、ロイガーだけは如何ともしがたい」といった内容の発言がどうも楽屋落ちと言うか身内ネタに走り過ぎている気がするし、作品全体を見てもいまいち緊張感や恐怖感が足りないように感じるのは否めない。

神話作品としては、人と邪神との契約内容を垣間見られるほか、ダーレスが他作品でも登場させたロイガーやイタカのさらなる設定、彼らとクトゥルーの眷族との関係などが仄めかされている。

ちなみに、ツァールとロイガーの双子神の方ではないロイガー族について取り扱ったコリン・ウィルソンの『ロイガーの復活』の感想はこちら。

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「妖術師の帰還」C・A・スミス

初読。アラビア語の能力を買われ、ある老人のもとで助手として働くこととなった語り手が出くわしたホラーな体験を描いた作品。

バラバラになった死体が夜な夜な這いまわる様子は恐ろしくもどこかコミカルで、いざ想像してみると面白い。また「俺は詳しいんだ」とばかりに自らの得意分野を披歴するものの結局功を奏さず、為すすべもなく殺される魔術師は哀れだが笑いを誘う。この辺りはスミスらしさと言えるかもしれない。

神話作品としては、今や枕詞のように用いられてさえいるオラウス・ウォルミウスによる「不完全な」ラテン語版『ネクロノミコン』、と言った言葉の具体的な瑕疵がアラビア語版との比較によって提示されている点は特筆に値するか。

ちなみにこの短編を読んでいて妙に既視感があったのだけど、そう言えばブライアン・ラムレイの『タイタス・クロウの事件簿』にもこんな感じの短編があったなと思い、確認してみたところ、この既視感のもとがその中の「妖蛆の王」だと判明。こちらは若かれし日に失業したタイタス・クロウ*5があるオカルティストの秘書として働くことになり……と言った作品で、導入部だけなら確かに似通ってはいるかも知れない。

「丘の夜鷹」オーガスト・ダーレス

初読。ラヴクラフトの「ダンウィッチの怪」の前日譚に当たる作品で、従弟の失踪に疑問を持った語り手が村を訪れ、従弟の行方について聞き込みをしている最中、村では新たに事件が起こり……と言った内容となっている。

毎夜訪れる夜鷹の鳴き声による雰囲気の盛り上げや、結末へと至る展開などは読みごたえがあり、「ダンウィッチ」と似通ったモチーフを用いてはいるものの、十分差別化はなされていて普通に面白い。ただ個人的な好みで言えばラストに至る過程はもう少しミステリチックに仕上げても良かったのではと思ってしまう。「壁の中の鼠」オマージュなのかもしれないが。

神話ネタとしては、旧支配者として位置づけられたヨグ=ソトースが掘り下げられるほか、イスの大いなる種族が旧神に歯向かったと言う過去が明かされる。またダンウィッチの家系に興味があるのなら、彼らの親戚が出て来るので一読の価値あり……か。

「銀の鍵の門を越えて」H・P・ラヴクラフト

既読。先に書いたラヴクラフト以前以後と言う枠組みから外れてしまうため、どうしてこの巻に収められているのかよく分からない短編の一つ。しかも本作はランドルフ・カーターが失踪した後の作品であり、いきなりここから読ませられても、と感じなくもない。とは言うものの、流石にラヴクラフトの作品だけあって普通に面白く、これだけ読んでも楽しめるとは思う。

再読時にかつては注目していなかった部分に目が行くのは読書あるあるだと思うのだけど、ランドルフ・カーターが門を越えて自己同一を失っていく過程は神秘主義的な表現がなされており、以前読んだ時は全然意識していなかったために、余計に面白く読んでしまった。

ラヴクラフトについては、ポオやマッケンなど、先行する怪奇小説からの影響関係はよく耳にするけれど、彼がモチーフにした神秘思想や形而上学についての研究は果たしてなされているのだろうか、とふと気になった。

神話要素としては、ヨグ=ソトースについてラヴクラフトの作品で一番踏み込んで書かれた作品だと思われるため、彼の存在に興味があれば必読の書と言えるだろう。またヨグ=ソトースと関連があるとされる門の守護者、ウムル・アト=タウィルが登場し、ティンダロスの猟犬に力を貸すとされるドールが言及されるのもこの作品。

おわりに

と言うわけで『クトゥルー3』の感想となりました。クトゥルフものの作品はシナリオを書いたりするのにも役立つので結構意識的に読んでいるんですが、今後はブログのネタを増やす意味でも今まで以上に積極的に読んで行ければと思います。またTRPG関連の記事も全然書けていないので、そちらの方も書けていけたらなと。

毎年言っていますが、今年は今まで以上にブログの更新を頑張りたいと思います。

ではでは。

暗黒神話体系シリーズ クトゥルー
▶著者:H・P・ラヴクラフト
▶編者:大瀧啓裕
▶カバー・イラスト:山田章博
▶発行所:青心社
▶発行日:1989年1月25日

*1:チェンバースの一連の作品に登場する架空の戯曲。ヒアデス星団のカルコサを舞台にした二部構成の戯曲で、第二部を読んだものには恐ろしい運命が待っているとされる。

*2:ラヴクラフトは自身の創作した世界観の中に、彼とは無関係の作家の作品にて仄めかされた単語などを組み込むことで、その世界観に深みを与える試みを行っている。本書に収められた作品で言えば「カルコサの住民」と「黄の印」がそうした「彼以前」の作品に当てはまる。

*3:本書で言えば共にダーレスの書いた「インスマスの影」の後日譚である「サンドウィン館の怪」、「ダニッチの怪」の前日譚である「丘の夜鷹」。

*4:古代エジプトにてナイアーラトテップを崇拝し、多くの生贄を捧げたとされる伝説上のファラオ。その存在は記録から抹消されたが、アブドゥル・アルハザードの『ネクロノミコン』やルドウィク・プリンの『妖蛆の秘密』などにその存在が仄めかされている。

*5:ブライアン・ラムレイの作品に登場するオカルティストでありタイタス・クロウ・サーガの主人公。作品を重ねるごとに人智を超えた存在へと成長(変貌?)していく。