はじめに
本読みの特技の一つに、初めて見る本棚を前にしても、数あるタイトルの中から自分好みのキーワードを見逃さない、というものがあると思っています。
もちろん、人それぞれティンと来る言葉は異なるわけですが、私が目をやってしまうキーワードは「神」「人形」「魔術」「聖」などなど。我ながら、如何にも中二病患者といった趣で笑うしかありませんが、そんなキーワードの中には「宗教」という単語も含まれています。
新書の棚でも人文系の棚でも、果ては小説やラノベの棚であっても、共通して目に留めてしまうこれらの単語。そんな私がこの本を見逃すはずもありません。
と言うかこの本、存在は知っていたのですが、これまで手に取ることなくここまで来てしまっていました。今回改めて見かけ、良い機会なので読んでみるかと手に取ってみたところ、これが良書も良書。素晴らしい一冊でした。
という訳で、今回は講談社現代新書より青木健さんの『古代オリエントの宗教』の感想です。思えば、久しぶりの新書の感想ですね。
感想
本書のテーマは、タイトルの通り古代オリエントの宗教について。私は勘違いしていたのですが、この本で扱われるのは「神話」ではなく「宗教」。つまり、シュメール神話やアッカド神話などではなく、キリスト教のような、オリエントで発生した宗教が取り上げられているわけです。
実はこの勘違いのために、本書を読んでいなかったのですが、蓋を開けてみればこちらの勘違いかつ、読んでいなかったのがもったいないと感じるほど面白い一冊でした。
本書の構成
まず、この本ではオリエントで発生した宗教に一つの対立軸を見ます。軸の一方は、聖書を基盤とするユダヤ・キリスト教のような「聖書ストーリー」。もう一方は、こうした聖書ストーリーの拡大に対抗する土着の民族宗教です。
この対立は、最終的に聖書ストーリーの「勝利」という形で幕を閉じます。しかしオリエントでは、カトリックが早々に覇権を握った西方とは異なり、十世紀を越えてもなお多様な宗教のうねりが存在しました。
例えばマニ教。私はこれまで、マニ教を良いとこ取りの雑多な宗教だとばかり考えていたのですが、教祖であるマニは、独自に聖書ストーリーを発展させ、自らを「真のキリスト教徒」として考えていたようです。つまり、マニ教と言う名はあくまで彼らを「異端」とする「キリスト教」側からのレッテルだったわけです。
その他、本書ではイスラム教のイスマイール派を、聖書ストーリーの「アナザー・ストーリー」として取り上げています。受験世界史で名前は知っていましたが、この宗教の特色や、聖書ストーリーを独自に発展させていく過程などは知らなかったのでとても興味深かったです。
もう一方の聖書に対抗する土着の宗教としては、ミトラ教とゾロアスター教が取り上げられています。これらの宗教は、聖書ストーリーに対抗する形で、自分たちの思想を固めていったり、聖書ストーリーにサブ・ストーリーとして吸収されていきます。
大まかな感想
本書で取り上げる時代は、3世紀から13世紀までのおよそ10世紀。「古代」オリエントと言うには、少し時代の幅が広いように感じられるかも知れませんが、これは古代に発生した聖書ストーリーの拡大から、安定期までが描かれていることを意味します。
いわば、古代オリエントの宗教運動のうねりは、時代区分の「古代」を越えて、脈々と息づいていたわけです。この東方特有のダイナミックな宗教運動を、聖書ストーリーという新たな視点から一望できるというのは、とても興味深く、楽しい読書体験でした。
図表なども多用されており分かりやすく、構成の点でも、大枠の説明がなされた後に個別の宗教の解説に移るため、内容が把握しやすくなっているのも嬉しいポイント。
以下、少し踏み込んだ感想を書いていきたいと思います。
少し踏み込んだ感想
まず、この本を読んで東方の宗教の多様性というものに改めて驚かされました。もともとカトリックの美術などから宗教に興味を持ち始めた身ではあるんですが、最近では正教会や東方の宗教への興味が増しており、そんな自分にとってはかなりドンピシャ。
特に、グノーシス的な思想に興味を持ちながら、いまいち理解しきれていない身からすれば、昨今(とはいえ十年ほど前)の研究事情を踏まえながら、概略を掴めるのはとてもありがたかったです。
また、マニ教やイスマイール派(イスラム教)を聖書の文脈から捉えるというのはとても新鮮で面白かったですね。これらの宗教や地域を理解するうえで、新しい視座を得ることができました。
そして、マニ教やゾロアスター教などについても、いまいち理解していなかったというか、知らないことが多くとても勉強になりました。
例えば、私などは今までゾロアスター教を二元論・拝火教なのだと教科書通りに理解していました。しかし、ゾロアスター教はその発生段階とササン朝の時期、そして現在に至る過程でそれぞれ異なる様相を呈していたとのこと。ササン朝期のズルヴァーン主義は、二元論の上に時間の神が置かれていたそうです。しかも、西方から広まるキリスト教に対抗する形で教義を固めていったというのは、ありがちながら面白いと思いました。
また、トリビア的な意味も含めて印象的だったのは、世界で初めてキリスト教を国教化したアルメニアが、ペルシア軍との内戦により機を逸し、カルケドン公会議に参加できず、単性論に分類されてしまったというエピソード。これ、歴史的に見ても結構重要そうですよね。
おわりに
取り急ぎの感想となってしまいましたが、この本を楽しんだということが伝わっていれば嬉しいです。
今回の興奮を忘れない内に、参考文献に挙げられている本にはとりあえず目を通しておきたいですね。同じ著者の本はもちろん、参考文献の中には何冊か積んでいるものもあるので、本書を参考に読み進めたいと思います。
実は、興味を持っていながらこの分野の本は積みっぱなしなので、これを機に勉強してみたい、と思ったところで今回はこの辺で。ではでは。