たぶん個人的な詩情

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【読書感想】ウィリアム・シャトナー『電脳麻薬ハンター』――舞台は電脳麻薬蔓延る近未来。タレント本とは思えない普通に面白いハードボイルドSF活劇小説。

はじめに

時は先月に遡る。ツイッターにて下記の呟きを見た時、不謹慎ながら、デフォレスト・ケリーやレナード・ニモイらに続き、ついにその時が来たのかと思ってしまった。

実際は知っての通り、こちらはカーク船長ことウィリアム・シャトナーが宇宙船への搭乗をを予定しているとのニュースであり、その数週間後、彼は本当に宇宙へと行くこととなる。御年90歳。これは現在最高齢での宇宙飛行の記録となっている。

www.cnn.co.jp

ウィリアム・シャトナー自身について詳しいことは正直知らない。ただ、子どもの時分より父親に『宇宙大作戦』を見せられてきた人間にとって、やはりカーク船長は特別な存在だ*1。だからこそ、彼が実際に宇宙へ行ったと言う事実には感慨深いものがある。もちろん、彼からすれば両者を同一視されることに少なからず抵抗はあるだろうが…。

と、そんなこんなでしばしシャトナーに思いを馳せていた頃、たまたま積み本の中から見つけたのがこの本だった。

ハヤカワ文庫SFより出版されていたこちらの『電脳麻薬ハンター』、作者を見ればわかる通り、かのウィリアム・シャトナーが書いたとされるSF小説となっている。ここでこんな含みのある書き方になってしまっているのは、何と言ってもこの本がゴーストライターの手によるものだと専らの噂だからに他ならない。

実際に本書を書いたらしいのは、謝辞にも名前が挙げられているロン・グーラート。日本では短編がいくつか雑誌などに掲載されている他、『ゴーストなんかこわくない』というオカルト探偵ものの短編集が刊行されていたりする。

どうもこのゴーストライターの噂は本当らしいのだけど、ストーリーのアイデア自体はシャトナーが出したとも聞く。まあそんなことの真偽はさておき、一介の本好きとしては作者が誰であれ面白ければそれでよし。と言う訳で、こんな前置きはこのぐらいにして、早速感想を書いて行こうと思う。

あらすじ

時は22世紀。無実の罪で冷凍睡眠刑に処されていたジェイク・カーディガンは、かつての相棒の尽力により仮釈放されることとなる。元刑事の彼を頼って、現在相棒が働いている探偵社のボスが力添えをしたのだ。

4年ぶりにロサンゼルスへと舞い戻ったジェイクが探偵社より依頼されたのは、メキシコにて消息を絶った教授とその娘の捜索。何でも彼が研究していたプログラムは、現在世に蔓延っている電脳麻薬、通称「テク」を完全に無力化する効果があると言うのだ。

事件の背後には彼を投獄に追いやったテクのディーラーやかつての妻、メキシコで勢力を伸ばすレジスタンスの女性リーダーなども関わっているらしい。果たして、ジェイクは無事に教授と娘を見つけ出すことが出来るのか……。

感想

作者が誰であれ、シャトナーのネームバリューで売り出したであろう作品だけに、正直なところ内容について期待はしていなかったのだけど、これが中々どうして、普通に楽しめる作品となっている。

本作は言ってしまえば舞台を近未来に移しただけのハードボイルドものに過ぎず、SFとしての新奇性や哲学的な主張、思考実験の類はほとんどない。しかし、このことは本書がつまらないことを意味するわけではない。エンタメとしての魅力がこの本には確かにあるのだ。

本書の面白さは何と言ってもそのシンプルな作りにあると言って良い。難しいことは何一つなく、見覚えのあるような景色を見たことのあるようなキャラクターが駆け巡るその単純さ。アクションに小難しさなど不要と言わんばかりのすっきりとした本作の作りは、ある意味で硬派だと言っても差し支えないだろう。

舞台は科学技術が発展していながら、どこか猥雑で退廃的な雰囲気を醸すロサンゼルスと、独裁政権レジスタンスによる紛争が日夜繰り広げられるメキシコ。そんな街々を彩るのは、電子チップを用いた電脳麻薬にアンドロイドの娼婦たち、身体の一部を機械に置き換えたサイボーグなどなど、どこかで見た覚えのあるガジェットの数々だ。これらに当然真新しさはないわけだが、この手の使い古された舞台装置はハードでボイルドな雰囲気とよく馴染み、物語の邪魔にならない分かりやすさがこれらにはある。

そして主人公は無実の罪で投獄された元刑事。冤罪で職を追われただけでなく、愛する妻と息子も彼のもとから去ってしまったと言うのもありがちな設定だ。また、行く先々で異性にモテるフェミニストな中年男性と言う人物造形はシャトナー(=カーク)を彷彿とさせるわけだが、これは草上仁氏の解説にもある通り、あくまでエンタメにおける常道に過ぎない。さらに彼には電脳麻薬を常習していた過去があるのだが、こうした訳ありの過去もお決まりの設定と言って良いだろう。

しかし、そうした主人公の造形は見慣れていてもなお魅力的だ。文学じみたコンプレックスが進行の邪魔をしてしまう可能性を考慮すれば、むしろこれで良いとさえ思えてくる。そしてそんな主人公だけでなく、脇を固めるキャラクターたちもまた面白い。

ラテン系で陽気な主人公の相棒に、工科大学に勤める情報通の中国人美女、アンドロイドの娼館を営む女主人に、かつて主人公と関係のあったレジスタンスの女頭首、彼女の副官を務める半分顔を仮面で覆った色男など、スタンダードではあるが、この手の小説には欠かせない登場人物たちが揃い踏んでいるのだ。

特に本作のヒロインに当たる人物は可愛らしく、本作の魅力の一端を担っていると言っても過言ではないだろう。そしてネタバレに関わるので多くは語らないが、ハートボイルドらしい本作の作風に対し、このヒロインの造形がむしろジャパニメーションライクであることについては一人のオタクとして触れておきたい。

また作中に日本的なモチーフが登場するのも見逃せない点だろう。電脳麻薬の取引で幅を利かせるヤクザや、自爆するよう設定された暗殺用アンドロイド・カミカゼなど、何とも偏見に満ちてはいるのだが、未だ日本がSFの舞台に立てていた時代を感じることが出来る。きっと今なら中国に取って代わられているに違いない。

さらには肝心の文章も歯切れが良くて読みやすく、主人公がストイックに事件の解決を目指してくれるためストーリーのテンポも良い。このように本作はSF的に特筆すべき点はなくとも、普通に面白いと言ったタイプの小説となっている。

惜しむらくはストーリーに意外性がなく、少々複雑性に欠けていることだろう。読めばわかるが、色々と活かせる素材はあるわけだし、展開にもう一波乱、あるいはもう一捻りあればとどうしても思ってしまう。こればかりは、シンプルな作りであってもエンタメとして配慮すべき点であろう。

ちなみに翻訳はされてないものの、本作以降も本国では続編が出版されている。

en.wikipedia.org

もしかすると、続編においてそうした伏線が活きているのかもしれないので、本作を読んで続きが気になった方は手に取ってみては如何だろうか。また、本シリーズを原作とするテレビドラマもアメリカでは放送されていたらしく、こちらについてはちょっと興味があるのだけれど、調べてみた限りでは翻訳等はされていないらしい。残念。

おわりに

と言う訳で、ウィリアム・シャトナーによる『電脳麻薬ハンター』の感想でした。先にも書いた通り、本作は期待した以上に面白く、個人的には満足のいく一冊でして、万人にはお勧めしないものの、読むのは止めないし普通に楽しめる作品になっていると思います。

流通量があるからか古書価も高くないですし、ウィリアム・シャトナーのコレクターアイテムとして入手してみるのも良いかも知れません。表紙のイラストも良いですし。

では長くなりましたが、最後は九十歳を迎えてもなお精力的に活動を続けるウィリアム・シャトナーに敬意を表しつつ今回はこの辺で。ではでは。

▶電脳麻薬ハンター ( TekWar / 1989 )
▶作者:ウィリアム・シャトナー
▶訳者:斎藤伯好
▶カバー:中村亮
▶解説:草上仁
▶発行所:早川書房
▶発行日:1991年1月31日

*1:同様に、スポックもマッコイもカトウもチャーリーもウーラもチェコフも、私にとっては特別な存在だ。