あらすじ
ナイジェリア最大の都市ラゴス。そこで暮らす看護師のコレデはある日、妹からの電話に頭を抱えることとなる。「ねえコレデ、殺しちゃった」と。「そんなセリフ、二度と聞きたくなかったのに」。
妹のアヨオラが彼氏を殺すのはこれで3人目。美人で誰からも愛される妹は、どういうわけか付き合った彼氏を殺してしまう。妹のために証拠隠滅を手伝ってきた姉のコレデは、そんな妹の秘密を誰かに打ち分けるわけにもいかず、昏睡状態で眠っている患者に悩みを打ち明けるのみ。しかし、ついに捜査の手が彼女たちに迫ってくる。
その一方、コレデが勤務する病院の医師であり、彼女が密かに憧れているタデと妹のアヨオラが奇しくも出会ってしまう。彼は美しいアヨオラに自然と惹かれていく。彼女の裏の顔を知らずに。果たして姉妹の運命は。アヨオラは再び殺人に手を染めてしまうのか……。
感想
早川書房のポケット・ミステリと言えば、その特徴的な縦長の判型と、黄色に染められたページが印象的なシリーズであるが、本書はさらに黒と緑からなる魅力的な表紙のために、より一層目を引く一冊となっている。
だがしかし、何より本書が注意を引くのはその衝撃的なタイトル故だろう。『マイ・シスター、シリアルキラー』。これは一体何を意味するのか。姉か妹が連続殺人犯なのだろうか。そんな彼女の親類である「わたし」は、どうやらそのことを知っているようだが、では彼ないし彼女は、一体どのようなスタンスで姉妹と接しているのだろうか…。
などと、タイトルから様々な想像を掻き立てられるこちらの一冊、著者はナイジェリア出身のオインカン・ブレイスウェイト。1988年生まれの彼女は幼少期に家族と共にイギリスに移住し、大学では法律と創作を専攻。ラゴスに戻った後は出版社に編集として勤める他、短編小説や詩を発表するなどしていたらしい。
そんな彼女が書いた本作は、アンソニー賞最優秀新人賞を始めとする数々の賞を受賞した他、かのブッカー賞の候補にも挙げられたそうだ。実際、この本は面白い。ユーモアと緊張感に富んだ内容の面白さは勿論のこと、軽やかで読みやすい文体は一気読み必至で、これだけの評価がなされているのも肯ける。
あらすじの通り、話の中心となるのは姉のコレデと妹のアヨオラの二人。アヨオラは道ですれ違えば誰もが振り返ってしまう目の冴えるような美人でスタイルも抜群。低い身長と言う欠点さえ、彼女にとっては可愛らしさを引き立てる要素に過ぎない。対するコレデは母親に似て器量が悪く、同僚でさえ彼女たちの血縁関係を疑うくらいの有様だ。
自由奔放な妹の振る舞いに振り回される姉の姿を見ていると、読者は我儘な振る舞いに振り回されるコレデに同情してしまいそうになるわけだが、本書ではそんな姉妹の関係と姉妹を取り巻く捜査の行く末、そしてアヨオラの新たな恋人候補を巡る三角関係の顛末が、女性作家らしい繊細かつ鋭い表現で描かれる。
先にも書いた通り、この本はとても読みやすくかつ面白い。こうした家族の問題や色恋沙汰、彼氏殺しと言った内容はもちろんだが、読みやすい文章と世界を捉える独特の眼差しが本作をより一層魅力的な作品にしている。扱われる内容は中々にヘビーでありながら、コレデから見る世界はどこかユーモラスで透き通り、面白みに溢れているのだ。
こうしたフランス小説のような浮遊感ともまた違った世界の捉え方は、ナイジェリアの風土のなせる業なのかも知れない。著者の言葉を借りれば「ナイジェリアでは、どんなに重苦しく陰鬱な話題であっても、ユーモアを交えて語られる向きがある」*1からだ。
ただし、登場人物の名前や食べ物、衣装を始めとする風俗などは異国情緒あふれる雰囲気を醸してはいるものの、本書の内容は実に普遍的で、どこの国でも文化でも当てはまるようなものとなっている。そうした固有性の欠如もまた、本作が持つ透き通った浮遊感に繋がっているのかも知れない。
最後に、ネタバレに配慮しつつ内容に踏み込んで感想を書くが、この姉妹の面白いところは、理解の埒外にある妹を奇異の目で見る姉に対して、妹もまた彼女なりに冷静な目で姉を見ていることだろう。
時折発せられる、普段のアヨオラからは想像もできない鋭い言葉には思わずハッとさせられる。また、姉妹が周囲から受ける正反対の扱いを読んで、昨今よく聞くルッキズムなる言葉が頭を過ぎるのは私だけではないだろう。この辺りの描写には女性作者ならではの生々しい質感がある。
推理要素はほとんどないものの、サスペンスとしての緊張感と心理小説としての面白さを兼ね備えたユニークな本作、久しぶりの楽しい小説であり、個人的には大満足の一冊だった。
▶著者:オインカン・ブレイスウェイト
▶訳者:栗飯原文子
▶装幀:水戸部勉
▶発行所:早川書房
▶発行日:2021年1月15日発行