はじめに
世界一有名な探偵とは誰か。個人的な好みを抜きにするならば、この問いに対して多くの方がシャーロック・ホームズと答えるのではないでしょうか。それを裏付けるかのように、名探偵の代名詞である彼をオマージュした作品やパスティーシュ、パロディなどは枚挙に暇がありません。
しかし、作中のキャラクターではなく作者自身が作品へのインスピレーションを与えるという点において、エドガー・アラン・ポーの右に出る推理作家はいないでしょう。
これにはいくつか理由が考えられますが、何よりも彼の作品が醸し出す「死」の雰囲気が多くの創作者を惹きつけ、彼らの創作意欲を刺激しているに違いありません。自らの作品の雰囲気と軌を一にする仄暗い彼の人生、そして謎を孕んだ彼の「死」もまた、モチーフとしてのポーの魅力をいや増しに高めています。
「連続殺人鬼が映画製作者や作家の目に魅力的な素材に映るのは、彼らの犯行が身の毛もよだつような方法で実現された虚構だからかもしれないね」*1
これは、シリアルキラーの犯行とは長年彼らが抱いてきた空想・妄想(=虚構)の結実だとする論旨に則って書かれた本書の言葉です。知っての通りポーの描き出した犯行は現実ではなく、一から十まで虚構に過ぎません。しかし彼の創作には、不幸にも実現してしまった虚構に匹敵するほどのエネルギーがある。そのことは創作に携わる者でなくとも、ポーの作品を読んだことがあれば肌で感じ取ることができるでしょう。
と言う訳で、今回は彼に触発されて書かれたであろうノルウェー発の推理小説、『ポー殺人事件』の感想です。ここまでポーについての御託を並べておきながら、実は本書におけるポーの扱いはあまり重要ではないというのは秘密。
あらすじ
アメリカはリッチモンドにあるエドガー・アラン・ポー・ミュージアムの館長が殺された。死体は館内にあるポーの像に磔にされ、頭部はなく、上半身の皮は無残にも剥がされている。猟奇的な死体に世間が湧く中、刑事フェリシアはリッチモンド警察の同僚と共に事件解決へと乗り出す。
彼女がまず目を付けたのは殺される前に被害者が外部に分析を頼んでいた一冊の本。アメリカにて捜査が進む中、時を同じくして遠く離れたノルウェーの図書館でも同様の手口の死体が発見される。
交錯する二つの事件。なぜ二人は殺されたのか。凄惨な犯行が意味するものとは。無名の司祭によって書かれた本が二つの事件を結びつける時、驚愕の真相が明かされる!?
感想
猟奇的な死体を巡る謎からしか摂取出来ない成分が存在することはミステリ好きにおいては周知の事実であり、その意味において本書『ポー殺人事件』は十二分にその条件を満たしている作品と言えるでしょう。
ポーの名を冠する博物館の館長の死体が磔にされた状態で発見される。しかも頭部は切断され、皮も剝がされているともなれば猟奇も猟奇。掴みは十分です。そのうえで同じ有様の死体がノルウェーはトロンハイムの図書館、しかも電子錠のかかった書庫の中で発見されたと来たら、その手の作品が好きでなくとも興味を惹かれること間違いなし。
事件を追うのは方や過去にトラウマを抱えた女刑事、方や脳腫瘍の手術で過去の記憶が曖昧なベテラン刑事と、事件だけでなく一人称を提供する登場人物もまた一筋縄ではいきません。この二人に加えて視点を提供するのは、死体の第一発見者であり、過去にも妻子を殺した容疑で取り調べを受けたことのある図書館の警備員。
再び容疑者となった彼は極端にアルコールに弱く、少しの量で酩酊してしまうため、彼自身事件当夜に自分が何をしたのか覚えていない。そんな一癖も二癖もある三人の語りによってストーリーが進んでいくわけですが、さらに本作を面白くしているのは、アクセントとして合間に挿入される、とある人物の視点です。
こちらは事件の起きた図書館に収められた稀覯本、『ヨハンネスの書』を手掛けた司祭視点のエピソード。どうも彼は生まれ故郷のノルウェーからパドヴァへと至り、医学を修め後に司祭へとなった人物のようですが、詳細は不明。不穏な雰囲気から始まる手記と言うこともあり、一体彼が何をしでかしてしまうのか、何が彼をそうさせたのか、と言った謎を伴うこのパートは、次第に高まる緊張感も相まって、犯人視点のスリラー小説のような面白みがあります。
そんな階層的な造りとヘヴィな内容に反しその筆致は軽く、テンポが良くて読みやすいのも本作の特徴です。遺体の発見から両事件を捜査する二人の刑事が協力し合うまでの展開も早いのでダレることなくことが進みます。
作者のヨルゲン・ブレッケはノルウェーのホーテン在住のため、ジャンルとしては北欧ミステリーにくくられるのでしょうが、このテンポの良さのせいか、本作からは欧米系の作品に近い読後感を覚えました。謎解きのフェアさは薄いものの個人的には楽しめましたし、掘り出し物の一冊と言えるでしょう。ただし北欧ものらしいくどくて重苦しい雰囲気を求めている方には、ちょっと合わないかもしれません。
逆にこのあっさり感は映画の脚本にこそ向いているような気がします。スリラー系のサスペンス映画、例えば『レッド・ドラゴン』や『クリムゾン・リバー』といった作品のような重めの演出が施されると面白くなりそうです。本国では新人賞も受賞し、複数の言語にも翻訳されているようですし、ワンチャン映画化ないですかね。
ちなみに先にも書きましたが、ポー自体は割と釣り文句のようなもので、作品の根幹には深く関わってきません。とは言え、自分もポーに因んだ作品かと思い手に取った口ですが、結果面白かったので無問題でした。
以下、ネタバレありの感想です。ネタバレが気になる方はご注意ください。
ネタバレ
原題は“Nådens Omkrets”。自動翻訳にかけてみたところ*2、意味は「恩寵の巡り合わせ」や「恩寵の巡り」となるようです。これは『ヨハンネスの書』という「恩寵」が犯人へと至った「巡り合わせ」を意味するのかも知れませんが、邦題が分かりやすくインパクトのある『ポー殺人事件』となったのは納得です。
と、タイトルについてはこれぐらいにして以下本題。先にも書いた通り普通に面白い作品だったこの『ポー殺人事件』ですが、気になる点はなくもなく、ネタバレを踏まえないと書けない内容なのでこちらで書いて行こうと思います。
気になった点は主に二つで、一つは登場人物の造形とその扱い。もう一つは作中で扱われる史実を絡めた歴史描写の弱さです。
まず登場人物についてですが、どうも彼らの描き方や交流が雑で、勢いに任せて書かれている印象が強いのは否めません。これはテンポの良さとの天秤かも知れませんが、目と目が合ったら惹かれ合う、的な展開はどうしても安っぽく見えてしまいます。
また最後は良い話風にまとまっているものの、よくよく考えてみると「いい話だったのかなー」的な疑問が残らなくもないんですよね。シンセーカーが脳腫瘍の影響で苦労を掛けた妻への配慮は最後までなく、ヨハンネス司祭のエピローグも良い話風ではあるものの、結局は彼が遺した妄想が時を経て開花してしまったことを思えば、何とも後味が悪い。愛する妻子を殺され最期は生きながら皮を剥がれたヨン・ヴァッテンについては救いようがありませんし、恩寵が語り手の二人に集中し過ぎていると言いましょうか。
そして『ヨハンネスの書』を中心とする史実とフィクションを絡めた題材についても扱いきれていないと感じるのは気のせいではないでしょう。ダン・ブラウンばりの蘊蓄を披露しろとは言いませんが、本作では作中の人物に作者の思い付きを語らせる程度にとどまってしまっています。
面白い題材だけにこの辺りはもう少し丁寧に「それらしさ」や「学術的な仄めかし」を見せて欲しかったというのが個人的な感想です。特にヘルメス文書からアラン・ド・リール、ブルーノを経てボルヘスへと至る流れの中に上手く『ヨハンネスの書』を位置づけられていないのは非常にもったいない。ミッシングリンク的な扱いで大げさなフィクションにしてしまっても面白かったような気がします。
また人皮装丁の本についても、本書では猟奇的なイメージを保つためかウィリアム・バークの例だけを取り上げていますが、人の皮で本を装幀すると言うのは何も後ろめたい理由からだけでなく、故人を偲んで皮が用いられる例などもあったようなので、事情を少しでも知っているとちょっと嘘っぽく感じてしまいます。
とまあ、最後は難癖を付けるような形になってしまいましたが、先述の通り本書が面白かったのは確かです。猟奇的な犯行と被害者が生前に調べていた人皮装幀本、そしてノルウェーに眠る謎めいた司祭の手記が徐々に絡み合っていく展開にはかなりワクワクさせられました。まさにアイデアの勝利と言えるでしょう。
おわりに
と言う訳で今回は『ポー殺人事件』の感想となりました。個人的に馴染みのない出版社だったものの、魅力的なタイトルと表紙に惹かれ手に取り、訳者の名前に背中を押され読んでみましたが、手に取って正解でしたね。
富永和子氏と言えば自分の中では『スター・ウォーズ』のスピンオフの翻訳家としての印象が強く、前回に続き今回も無理やり『スター・ウォーズ』の外縁部(アウター・リム)をなぞらせてもらいました。
自分の中ではやはり『スター・ウォーズ』の存在は大きく、本編の感想を書くことに躊躇してしまっているのですが、ぼちぼち書いて行こうとは思っています、と表明したところで今回はこの辺で。
ではでは。
▶ポー殺人事件 / Nådens Omkrets( 2011 )
▶著者:ヨルゲン・ブレッケ
▶訳者:富永和子
▶表紙イラスト:早川洋貴
▶ブックデザイン:albireo
▶発行所:ハーパーコリンズ・ジャパン
▶発行日:2021年8月20日第一刷