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【読書】大阪圭吉「デパートの絞刑吏」――落下した絞殺死体の謎。作りは王道、真相は独特。

スマホに入れていたキンドルのアプリを数カ月ぶりに開いてみたところ、見慣れぬ作品がライブラリからこちらを見ていた。サムネを見る限り、どうやら青空文庫の一冊のようだが、ダウンロードした覚えはない。

いや、それはいささか誇張してしまった。記憶は不確かだが、タイトルに惹かれてダウンロードした気がしなくもない。無料だけあって、知らない作家の作品であろうと手当たり次第にリストへ放り込んでしまう、と言うのは青空文庫利用者あるあるだろう。

と、そんなことはさておいて、アプリの中で眠っていた身に覚えのない作品の名は「デパートの絞刑吏」。一体いかなる内容なのか、タイトルだけでは判断が付かない。小説であろうと予想は出来るが、もしかするとエッセイや随筆の類かも知れない。

物は試しにと読んでみると、なるほど、これはつまり探偵小説なのだな、と、すぐに合点が行った。それほどまでに、本作は王道の短編推理小説の作りをなしている。

まず、語り手は新聞社に勤める新聞記者だ。事件に首を突っ込むには適した職業ではあるが、当然彼は探偵ではない。事件が起きたデパートへとタクシーを飛ばす中、流れるように連れの探偵役の紹介が挟まれる。

探偵の名は青山喬介。かつて映画監督として活躍していたそうだが、会社の商業主義的な気運と世間が求める趣向に嫌気がさし、今では半ば隠遁生活を送っている。

古今東西の探偵の例に漏れず、彼は鋭敏な感受性と豊富な想像力、並びに深い学識と分析的な知力を持ち合わせている。探偵を名乗っているわけではないが、探偵役としての資質は十分であろう。

さらに多くの助手役の例に漏れず、語り手である「私」は青山に人としての魅力を感じている。何せわざわざ住んでいた下宿を引き払い、彼のアパートの隣の部屋に引っ越したと言うのだから、その入れ込みようは相当な物だ。

ディレッタント風の探偵役とそんな彼に入れ込む語り手、と言う構図は言うまでもなくポー以来の伝統だ。デュパンにおける「私」しかり、「D坂の殺人事件」における語り手しかり、ホームズに対するワトスンしかり。

また、探偵の有する能力の形容もポー以来の伝統に則っていると言えよう。最近久方ぶりに『モルグ街』を読んだのだが、あちらほど病的な描写はないものの、青山が感覚的かつ理性的に優れた能力を有していることに変わりはない。

さて、そんな探偵小説の伝統に沿った本作、これだけを読むと先駆者たちの焼き増しだと思われても仕方ないが、ところがどっこい、本作は一つの探偵小説として中々に面白い。

事件が起きたのはとあるデパート、発見された遺体はそこに勤めていた従業員の男のもの。どうやら彼は絞殺されたうえで屋上から突き落とされたらしく、死体の近くからは数日前に彼の働く部署で盗まれたダイヤの首飾りが発見された。検視によれば、事件はデパートの閉店後、深夜から朝方にかけて起きたらしい。

彼は誰に殺されたのか。宿直としてデパートに泊まっていた彼の身に一体何が起きたのか。死体に残された擦過傷、そして残された首飾りは一体……。 

踏み込んだネタバレは省くが、本作で描かれる人を選びそうな事件の真相は個人的に面白かった。先にも書いた通り、作り自体はオーソドックスな探偵ものながら、事件の真相には作者の独創性が色濃く出ているように思う。探偵によって語られる真相は画としてもイメージしやすく、娯楽的にも面白い。これも著者の特色であろう。

寡聞にして知らなかったのだが、作者の大阪圭吉氏は戦前に活躍した愛知県出身の推理作家。筆名の「大阪」は敬愛する乱歩の「江戸」にあやかって付けたらしく、本作は彼のデビュー作に当たるらしい。

彼は好きな作家としてはポーや乱歩はもちろん、ドイルの名前も挙げている。言われてみれば、本作は大阪流の「まだらの紐」と言えるのかも知れない。トリックがどうとかではなく、何となくそう思っただけなのだが、分かる人はいるだろうか。

デビューの後、青山喬介ものを始めとした数々の推理小説を残した彼は、1945年戦地にて33歳の若さで亡くなった。ここで戦争についてとやかく言うつもりはないし、昨日今日知った人物について惜しいと言うのも何だか憚られる。

が、死因を知って寂しい気持ちになったとだけは書いておく。見れば青空文庫にも何作か収録されているようなので、今後もちょくちょく読んでいきたい。創元推理文庫からは短編集も出ているらしい。見ての通り、洒落た表紙は魅力的だ。

ちなみに、作中屋上で虎が飼育されていることがさらっと語られており思わずぎょっとしてしまったのだが、どうやら戦前の屋上遊園地には動物園を併設したものもあったらしい。相次ぐ閉園が嘆かれる屋上遊園地だが、まさかそんな規模のものまであったとは知らなかった。

思えば、私が小さい頃にはまだ屋上遊園地が少なからずあった。規模は小さかったものの、よく母に連れられ屋上遊園地巡りをしたことを覚えている。硬貨を入れると動くパンダの乗り物など、今覚えばちゃちな遊具なのだが、当時はとても楽しかった。後で聞いた話だが、あるスーパーの屋上遊園地に遊びに行ったら、丁度その日がその遊園地の閉演日だった、なんてこともあったらしい。仕事柄あまり家にいなかった父に代わり、よく遊びに連れ出してくれた母には感謝しかない。

と、最後はしみじととした思い出語りとなってしまったが、今回はこの辺で。

最近はあまり本を読めていなかったので、大阪圭吉氏の作品に限らず、リハビリも兼ねて青空文庫の作品は定期的に読んでいきたいと思う。ではでは。 

▶デパートの絞刑吏(1932)

▶作者:大阪圭吉

▶底本:『本格推理展覧会 第三巻 凶器の蒐集家』青樹社文庫、青樹社