たぶん個人的な詩情

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【読書感想】菅谷明子『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』――「知」のインフラとしての図書館。そのあるべき姿。

はじめに

このご時世と言うこともあって、図書館に行く頻度がめっきり減った。自分事で恐縮ではあるが、ここ最近で言えば、必要に駆られて国会図書館並びに都立中央図書館に足を運んだくらいだと思う。

行くことになるまで知らなかったが、最近ではコロナ対策として両図書館ともに予約制を取っている。検温も実施しているし、国会図書館に関しては現在、抽選を通った人のみが予約して入館することが出来るのだ。

場所が場所だけに、ここにいる人々は目的意識を持って作業に取り組んでいるように見えるのだが、それはコロナ禍の今でも変わらない。必要な資料を探し、過去の新聞を閲覧する来館者たち。

地元の図書館ではあまり見られない光景だが、むしろこうした図書館のありようが特別で、多くの図書館はそうではないと思っていた。正直言って、日本で育っていればそう感じてしまうのは当然だと思うし、恐らくその認識は間違っていないだろう。

だがしかし、いやだからこそ、本書を読んで驚いてしまったのだ。これはカルチャーショックと言ってもいい。この本で扱われるのはアメリカ、しかもその文化的中心地であるニューヨークの話ではあるのだが、それを差し引いてもこれは衝撃であった。

と言うわけで、前置きが長くなったが、これより岩波新書より刊行されている『未来をつくる図書館』の感想を書いていこうと思う。初版は2003年と今となっては古い本ではあるが、その本質は恐らく変わっていない。

ニューヨーク公共図書館の実態を通し、図書館について、引いては学ぶと言うことについても考えさせてくれる本書、自分などの雑多な感想を読むくらいなら、実際に手に取って読んで欲しいと思ってしまう。

感想

本書が取り扱うニューヨーク公共図書館は、ニューヨークに存在する世界屈指の規模を持つ私立図書館*1である。

本書において語られる内容は大きく分けて4つ。専門性を有する研究図書館*2の利用状況に、図書館が取り組む地域との連携、運営資金の調達方法、インターネット時代における図書館のあり方についてだ。

これらの具体的な事例や取り組みは実際に読んでもらうとして、どの項目を読んでも共通して感じるのは、図書館側の顧客意識の高さと、利用者の積極性、そして運営側と利用者側の双方が図書館に対して抱く、“場”としての図書館と言う認識である。

利用者、つまりは消費者(=カスタマー)が何を求めているのか把握し、それを実行に移す。まるで企業経営のようだが、実際のところ、彼らの取り組みはさながら顧客を意識した企業のようである。

移民の多い地区だけに、英語とスペイン語による端末案内は当然として、利用者が本当に欲している情報を提供することを忘れない。2001年の同時多発テロ当時、図書館はすぐさま各種相談窓口の案内をサイト内に掲示するとともに、事件の背景を理解するための推薦図書リストを作成した。

このほか、医療従事者と協力体制を築き、地域住民に寄り添った医療情報を扱ったウェブサイトを立ち上げると言った、地域密着の取り組みも行われている。また、来館者が求める講座が日夜開講されていると言うのも面白い。それも図書館にありがちな教養講座だけでなく、より実践的な講座も開かれている。例えば、シブルにおいてはビジネス系の講座、マーケティングや資金調達と言った講座が人気だそうだ。

講座が終わった後も、人脈作りのために名刺交換をしたり、情報交換を始めると言うのだから、そのバイタリティや行動力には頭が下がる。このようなところからも、図書館を最大限利用しようと言う来館者の積極性が伺えるだろう。

こうした数々の取り組みも、地域の活性化が経済の発展に繋がるとの考えあってのものだと、運営する人々は言う。まさしく「未来」を作るための活動だ。対して、日本において図書館は本を借りて返すだけの場所と言う認識が強い。無料貸本屋などと言う揶揄も、一面的には的を射ているだろう*3。利用客数や貸し出された本の数は多くとも、そこに未来への視座が含まれているのかは甚だ疑問だ。

図書館、そして利用者双方に見られる日米のこうした違いはどこから来るのか。これについて深くは踏み込まないが、やはり図書館という「場所」への認識の違いが大きいように思う。批判覚悟で言えば、私たちは図書館を小中高の図書室の延長線上に捉えているのではないだろうか。場所は場所でも、アメリカにおける図書館は人が有機的に存在する場所である。日本の場合、受付の人員が機械化しても、それで貸し出しが成り立つのであれば問題ないのだ。

本書を読んでアメリカの図書館事情が羨ましくないと言えば嘘になる。本の貸し出し以外の役割を日本の公共図書館に求める著者の姿勢も、分からなくはない。だがしかし、ではいざこのような図書館が身近にあったとして、私たちがそれを存分に活用できるのかと言われれば、正直言って疑問が残るのもまた事実だ。

言ってしまえば、図書館側の体制はもちろんのこと、それを利用する私たちの側にも問題があるのではないだろうか、と言うことだ。それがどこに起因し、どう改善していくべきかは分からないが、思いのほか根の深い問題のように感じる。

と、話が取っ散らかってしまったので今回はこの辺で。

おわりに

ちなみに自分はまだ見れていないが、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』と言う映画が昨年、岩波ホールで一般公開された。ニューヨーク公共図書館を舞台としたドキュメンタリー映画で、監督はフレデリック・ワイズマン。文章で読んだニューヨーク公共図書館の姿を映像で見たいと言う気持ちは強いので、機会があれば見てみたい。

▶未来を作る図書館
▶著者:菅谷明子
▶発行所:岩波書店
▶発行日:2003年9月19日第1刷発行

*1:公共とは名がついているものの、運営はNPOが行っている。本書を読む上で、このことを念頭に置く必要はあるだろう。

*2:本書で取り上げられているのは、科学産業ビジネス図書館(Science, Industry and Business Library=SIBL=シブル。)、舞台芸術図書館、黒人文化研究センターの三つが取り上げられている。

*3:もちろん、地元の図書館であっても資料を頼りに机に向かっている人は見受けられる。そして、アメリカの図書館にそう言った利用者しかいないと言うこともないだろう。