たぶん個人的な詩情

本や映画の感想、TRPGとか。

読書:水生大海『少女たちの羅針盤』――演劇にかけた青春。そして少女の死。

青春の一ページが輝いて見えるのはどうしてだろうか。失われた過去として、未体験の憧れとして、手の届かなかった理想として。人それぞれ捉え方の違いはあれど、そこには今ここにないものとしての青春が反映されている。故に私たちの思い描く青春は、どうしたって光り輝いて見えるものだ。しかしその青春が眩しければ眩しいほど、付随する影がより色濃く見えるのもまた事実であろう。

本作『少女たちの羅針盤』は、新本格の立役者である島田荘司氏の故郷・広島県福山市が主催する「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の記念すべき第一回にて、同氏の強い後押しを受けて優秀作を受賞した作品だ。その具体的な選考過程は解説を読んでいただくとして、本作がその青春描写を評価されて受賞に至ったことは触れておきたい。

物語は舞利亜と言う新人女優の視点から始まる。彼女は新作ホラー映画の撮影のために海辺の寂れた館を訪れるのだが、撮影の最中、何者からかかつて彼女が犯した罪を告発するメッセージが届けられる。それは4年前に彼女が犯した殺人。殺されたのは、女子高生四人からなる劇団・羅針盤のメンバー。伝説的な存在として今なお語り継がれる羅針盤は、その少女の死によって活動を停止したと言う。

過去と現在が交互に描かれる中、読者は羅針盤の誰が殺され、誰が彼女を殺したのかと言う謎へと引き込まれる。と同時に、劇団結成から始まる彼女たちの青春の一幕、在りし日の一ページに魅了されることとなるだろう。

ぶつかり合いながらも演劇への情熱に突き動かされて前へと進む四人。彼女たちの姿を見ていると、まるで青春小説を読んでいるかのような錯覚に襲われてしまうが、これは推理小説、しかも四人の内の誰かが殺され、誰かが殺している、そう言った類の推理小説なのだ。

羅針盤の面々が魅力に溢れ、その生き生きとした姿が輝けば輝くほど、彼女たちを待ち受ける結末が頭を過ぎる。女性作者らしい描写からは、イヤミスとはまた違った少女漫画もかくやと言った生々しさが楽しめる。推理小説としてはフェアさに欠ける面は感じるものの、それを補って余りあるほどに本作は面白い。

ミステリゆえにネタバレなしに多くを語ることは出来ないが、興味があれば手に取って欲しい、そんな一冊である。ちなみに、登場人物の過去を描いた短編も特別収録されているため、装丁などにこだわりがなければ、光文社文庫で入手することをお勧めする。

以下、ネタバレを含んだ感想を書いていくため、気になる方はご注意いただきたい。

少女たちの羅針盤 (光文社文庫)

少女たちの羅針盤 (光文社文庫)

  • 作者:水生 大海
  • 発売日: 2012/09/12
  • メディア: 文庫
 

著者:水生大海

カバーイラスト:ワカマツカオリ

カバーデザイン:bookwall

発行所:光文社

発行日:2012年9月20日

見事に騙されてしまった、と言うのが正直な感想である。序盤に語られる舞利亜=羅針盤のメンバーと言う等式を意識したまま読み進めてしまっていたために、普通に羅針盤内に犯人がいると信じ込んでしまっていた。

実際、動機やアリバイの面から彼女たちの中に犯人がいるとは到底信じられなかったものの、かと言って“彼女”が犯人だとも思えなかったのだ。確かに被害者が彼女である以上、動機としては最もあり得るのだが……。

読んでいる最中は普通に良い人だと思い込んでしまっていたし、てっきり人称の不自然な切り替えがトリックに関係しているのかと思っていた。とは言え騙されておいて何だが、本作の推理小説としての強度が弱いのは否めないだろう。

青春を描いた過去の描写が秀逸である分、謎解きをメインとした現在パートの格落ち感が目立つ。追い詰め方もスマートとは言い難いし、彼女たちが実力行使に訴えなければ十分に言い逃れ出来る程度の状況証拠だったと思う。純度の高いミステリを求めていたわけではないためこの点に不満はないのだが、本作が優秀賞に留まり受賞を逃したと言うのも肯ける。

だがしかし、先にも触れた通り、本作の魅力は何と言っても演劇を通して描かれる四人の青春パートにある。島田氏を含む男性の選考役同様*1、少女漫画に疎い身からすれば、著者による過去パートの描写は新鮮でとても面白かった。

少女たちの友情とそれに伴う衝突はそれだけで読み応えがあるし、彼女たちが夢に向かって進む姿は青春小説もかくやと言った眩しさを放っている。そんな輝きと対比をなすバタたちの悩みや確執もアクセントとして面白い。さらっと行われるレイプやそれに伴う周囲の反応の生々しさも、女性作者らしい魅力と言って良いだろう。

このように、推理要素以上に青春小説としての面白さが目立つ本作ではあるが、それの何が悪いと開き直れてしまうほどに、私はこの小説が好きだ。読んでいる最中は誰も死なないでくれることを心のどこかで祈っていたし、このような事件が起こらず、誰も欠けることのなかった未来を想像してしまうのも、彼女たちの魅力あってこそだろう。

バタと瑠美の出会いを描いた前日譚「ムーンウォーク」にしても、ミステリとしてのパンチは弱いが、二人のキャラクターを補完する上でとても面白かった。

続編もあるようだし、本作は映画化もされているようなので、機会があればそれらも手に取ってみたい。そちらの感想も機会があれば。

*1:解説によると本作への下選考役の評価は男女で大きく差があったと言う。理由としては、本作で描かれる少女漫画らしい要素に対して、耐性があるかないかが大きいのではないかとのこと。