たぶん個人的な詩情

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【読書感想】リチャード・レイモン『殺戮の〈野獣館〉』――〈野獣館〉へと挑む男を待ち受ける野獣とは。人前で好きだとは言い辛い悪趣味で最高のホラー。

はじめに

扶桑社ミステリーのホラー、『殺戮の〈野獣館〉』(以下『野獣館』)を読んだ。これは勝手な印象だが、扶桑社のホラーは他の出版社のホラーと比べ、アクの強さに定評があると思っている。ケッチャムしかり『ブッカケゾンビ』(未読)しかり。

悪趣味な描写や展開、テーマの数々に良識的で善良な人々は眉を顰めるだろうが、こうしたジャンクフードを超えたゲテモノ(誉め言葉)の味わいは、一部の好事家にとっては得難い珍味となる。

リチャード・レイモンの『野獣館』もまた、大手を振って名作・傑作の類だと喧伝するのは憚られるものの、好きな人は好きであることは疑い得ない、そんな作品となっている。物好きたちが日陰でひっそりと味わうべき作品で、間違っても人を選ばずに好きな小説発表ドラゴンするべき作品ではないのだ。

なので、今回の感想はそんな物好きたちへ向けて書いていく。また、全体を通してネタバレ気味に書いていくので、まだ読んでいない方はご注意を。

あらすじ

舞台はカリフォルニアの片田舎にあるマルカサ・ポイント。人口四〇〇人ほどの田舎町に過ぎないこの町には、観光名所となっている古い屋敷があった。過去八十年近くの間に十人以上が殺されたその建物の名は〈野獣館〉(ビーストハウス)。

野獣が住み着くとされるこの場所に、今二組の男女が辿り着く。片や、野獣退治を依頼された元軍人のジャッジメント(ジャド)・ラッカー。片や、出所した元夫から逃げるため娘と共に町を訪れたダナ・ヘイズ。

惹かれ合う二人の男女。そこに迫りくる元夫の魔の手と、野獣館に隠された秘密。二人は「野獣」の脅威を排し、無事結ばれることができるのか――。

感想

面白い小説だった。テンポの良い展開と歯切れのよい文章は読みやすく、楽しい。翻訳が大森望氏であることも一役買っていそうではあるが、それを抜きにしても読みやすく面白い作品となっている。

小難しい思想は描かれないし、登場人物の抱える悩みの吐露もなければ、悩みの解決に奔走して本筋から脇道へと逸れることもない。主人公は自らの正義に酔いもしないし、その正義の在り方に悩むこともないのだ。

良識の欠如。あるいは善悪の彼岸

そもそも、この主人公には「正義」などないのかも知れない。名は体を表すとはよく言ったもので、彼もまた「ジャッジメント」の名の通り、「裁き」を下すことに縛られているようだが、そこに文学的な深みや主人公の信念はなく、裁くことが目的化している気さえする。この辺りの描写は、意図的なのかは不明だが、至極機械的だ。

風間賢二氏の解説における、リチャード・レイモンを評して用いられた「良識を欠いたディーン・R・クーンツ」*1という表現は言い得て妙だろう。悪趣味な作風における良識の欠如はもちろんだが、『野獣館』には、「正しさ」や「正義」といった、主人公たちが選ぶべき良識、進むべき方針も欠けているように思う。

これがクーンツであれば、作品から善性といったものが滲み出てくるはずだ。善と悪の対決。勝つにしろ負けるにしろ、クーンツの登場人物たちは、善を前提とした良識を持ち、主人公と敵対する存在は善に対置する悪として描かれる。

これに対し、本作の敵は「悪」ではない。己の欲望を強く持ってはいるが、それは悪意からではない。ある意味で純粋だとさえ言える。善悪を超えた登場人物の在り方と、感情移入を妨げる振る舞いも、この小説の読みやすさとソリッドな魅力に繋がっているのではないかと思う。

悪趣味な残虐描写と寝取り寝取られ。最低で最高のラスト。

また、この本の感想を書く以上、本作で描かれる悪趣味な描写についても触れておきたい。冒頭から描かれる野獣による凄惨なグロ表現を皮切りに、『野獣館』では数々の悪趣味な表現がなされている。

エロ・グロ・ナンセンス。

こうして一括りにしてしまうのもあれだが、まさしくエロでグロでナンセンスな描写が本作では続く。特にエロについては奔放も奔放。良識は欠片も存在せず、中でも元妻・ダナと娘・サンディを追い回すロイの行いは凄まじい。

しかも、彼の根底にあるのは悪意ではなく性欲なのだから質が悪い。年端もいかない少女をオナホか何かのように扱うロイの視点は胃もたれもので、彼の最期はもう少し報いを受けさせても良かったのでは、と思ってしまうほどだ(ちなみに私は、ロイが最後野獣に犯されるのではと思っていた)。

そして、真の敵である野獣側もまた、下半身で動いているのだから始末に負えない。かつて館に住んでいた人物の手記などはエロ漫画さまさまだし、野獣の陰茎や、老女を取り囲んで慰める野獣の描写などは悪趣味過ぎて思わず笑ってしまうほどだ。

エロ漫画と言えば、本作の根底に「寝取り・寝取られ」という一大人気ジャンルが潜んでいることも見逃せない。そもそも、本作のヒロインとヒロインであるダナとジャドの関係が寝取りで寝取られだし、手記に描かれた野獣・ザナドゥとリリーの関係も、裏切られた医師からすれば寝取られだ。

最後の結末にしても女性陣が堕ちているのは明らかなので、これも十分に寝取られだと言えるだろう。しかもこれが単純な快楽によるものなのだから悪趣味極まりない(またしてもちなみに、野獣の性器の魅力が描かれた時点で、ダナがジャドの前で寝取られるという結末を想像していた私の頭はエロ漫画脳過ぎだろうか)。

だがしかし、悪趣味ではあるにせよ、本作のラストは素晴らしい。言いようもない無力感と緩やかな絶望。ジャドの生死が気になっている読者を、二人の少女が助かったという描写で足止めして安堵させ、不意にぶち込む。

このラストがある限り、多少の瑕疵になど目をつぶってしまえる。それぐらいこのラストは最低で最高だ。ただし、まともな場でこの『野獣館』が好きだなどと言えない理由もそこにある。

おわりに

以上がリチャード・レイモンの『殺戮の〈野獣館〉』の感想である。触れられなかったが、ヒッチコックの作品を引き合いに出したり、相棒ポジのラリーがポーのオタクだったりと、上質なホラーを匂わせておきながら、この作風なのも笑える要素だ。

また、性描写の際にシャフトやクレバスといった生々しい比喩が使われているのもちょっと面白い。ちょっとした魅力や面白さは他にもあるが、語り始めたらキリがないので今回はこの辺で。続編もあるようなので、入手出来次第読んでみたいところ。

ちなみに最初、扶桑社ミステリーのホラーの特徴をアクの強さだと書いた。もう一つの有名どころとしては、角川ホラー文庫が挙げられるが、あちらの特徴は玉石混交だと勝手に思っている。

意外とジャンクフード気味な作品も多く、それでいて良質なホラーもあったりする角川ホラー文庫。こちらについてもどこかで一度語ってみたいと思ってはいるが、語れるほど読めていないのも事実なので、それはいずれまた。

ではでは。


▶殺戮の〈野獣館〉 / The Cellar (1980)
▶著者:リチャード・レイモン
▶訳者:大森望
▶解説:風間賢二
▶カバー:岩郷重力+WONDER WORKZ。
▶発行所:扶桑社
▶発行日:1997年5月30日初版発行

*1:風間賢二「〈解説〉胃に応える悪趣味ホラーの決定版」、リチャード・レイモン『殺戮の〈野獣館〉』、扶桑社、362頁