たぶん個人的な詩情

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読書:エリック・ジッリ『洞窟探検入門』――未だ前人未到の地、洞窟へ

○○入門的な本はそれこそ星の数ほどありますが、それらを大別すると、教養系とハウツー系の二つの系統に分けることができると思います。
ざっとAmazonの書籍ジャンルで「入門」と調べてみた限りでは、教養系では哲学を中心とした思想系が強く、ハウツー系ではプログラミングや株、FXなど、直接的な利益と結び付いてたものが多い印象です。

ただ、○○入門を冠する本はそうした王道だけではもちろんなくて、中にはどこに需要があるのかわからない(失礼)ようなテーマのものも一定数存在しています。入門という言葉と結びつかないそうしたテーマを一体どのような人が求めているのか、そこに思いを馳せてみるのもまた面白いのですが、それはまた別の話。

ちなみに、この手の○○入門というタイトルで個人的に印象に残っているのは『アレクサンドリアフィロン入門』という本。アレクサンドリアフィロンという比較的マイナーな哲学者と“入門”という言葉のアンバランスさが個人的にツボで、この本のタイトルは不思議と頭に残っています。

と、話が逸れてしまいましたが、今回感想を書いていくのは、そうしたマイナーテーマの中では比較的メジャーとなりつつあるらしい(?)、洞窟探検の入門本です。

洞窟探検入門 (文庫クセジュ)

洞窟探検入門 (文庫クセジュ)

 

著者のエリック・ジッリは、ニース大学で地質学の修士課程を修了、その後フランス電力地質担当勤務を経て、マルセイユ大学で地質学博士の学位を取得し、現在はパリ第8大学の教授を務めている地質学者。そして訳者は火山洞窟学会の代表、出しているのは文庫クセジュと言うことで、この手の分野の入門書としては信頼の置けるものとなっているのではないでしょうか。

寡聞にして知らなかったのですが、近年ではケービングの名でこうした洞窟探検はレジャーとして確立されつつあるようです。本書ではそうしたスポーツとしてのケービングを視野に入れつつ、同時に洞窟の研究調査における入門書の側面も持っています。

未発見の洞窟の見つけ方に始まり、横穴、竪穴、果ては水没・凍結した洞窟への入り方、探検における危険性やディギング*1の技術、装備の知識などなど、洞窟探検についての手広い内容を扱っており、入門書としては十分過ぎる一冊でしょう。

写真やイラストなどの図も豊富で、内容の特殊性に反して読みやすかったのもよかったです。淡々とした語り口ではありますが、文章からは実践からくる自信がにじみ出てくるようで好感が持てました。ただし専門的な内容であるだけに完全に理解し切れたとは言い難く、こうした知識は実践を持って始めて身に付くものだと言うことも実感させられます。

原書の出版が1998年、翻訳が出たのが2003年と、古びてしまった箇所はあるのでしょうが、それでも未だに有効な入門書ではあるはずです。

ちなみに、読んでいて印象的だったのは、そもそも洞窟は見つけるものだということ。当たり前ではあるのですが、不覚にもこの事実にハッとさせられてしまいました。

洞窟とは、心のどこかでRPGにおけるダンジョンのごとく、周辺の人々にとって機知のものであると思っていましたし、そもそもの話、未だ前人未到の場所がこの世に存在しているという事実が頭から抜け落ちていました。

しかし、思えば子どもの頃はそうした未知の世界への憧れを持っていたように思います。ヴェルヌやドイルたちの描いた小説を読んでいる時、秘境へと分け入っていく主人公たちの活躍には心が躍りましたし、未だ地球にはフロンティアが残されていて、そこには未知の生命や文明が外部との交流を断ちながら、独自の世界を構築しているのだと夢見ていました。もちろん、そうしたフィクション上の興奮とは違うのでしょうが、洞窟探検にはそう言ったロマンがあるのだと思います。

ただやはり洞窟と言うのは怖い。本書を読んでいてその思いはますます強くなりました。特に水没した洞窟の記述は深海への潜水に通ずるものがあり、空恐ろしさを感じさせられます。 

本書で得た知識をどこで使うことになるかは分かりませんが、 面白い本だったのは確かです。技術だけでなく、例えば、一部のサメは川を遡ることができ、海から150kmも離れた地下川で出くわす危険性があるなど、トリビア的な意味での知識にも楽しいものがありました。

この分野に興味があるならお勧めの一冊です……わざわざ言うまでもないとは思いますが。と言うわけで、今回はこの辺で。

▶著者:エリック・ジッリ

▶訳者:本多力

▶発行所:白水社

▶発行者:川村雅之

▶発行日:2003年3月10日

*1:人が通れるように洞窟の穴を拡げること