はじめに
人生が5回あっても同じ人を好きになるほど一途ではないかもしれないが、それくらい人生があったなら、一度くらいはキリスト者としての道を選んでいたのではないかと思っている。
それも在俗の信徒ではなく、修道院に入るような形での信仰の道。何かをただ信じることに身を投じたいと言う気持ちが、今でさえ少なからずあるのだから、一度くらいはそういう人生を歩むこともあったのかもしれないと、ふと思うのだ。
いきなり耶蘇臭い話で恐縮だが、今回は扱う本の関係上、そんな出だしとなることをご簡便願いたい。宗教の話をすると途端に怪訝な顔をされる世の中であることは理解しつつ、宗教と言うのは私にとって非常に重要なテーマの一つであったりする。
特に、信仰への関心がとても強い自分にとって、誓願を立てて修道院に入る人々への興味は尽きない。ただし、改めて考えてみると修道院とは何なのか、その歴史も含めて知らないことにふと気づいた。憧れを持ちつつ、知っているようで知らない存在。それが私にとっての「修道院」だったのだ。
感想
本書は、キリスト教修道制の父とされるアントニウスが活躍した4世紀から、修道会の発足や宗教改革を経て、第二バチカン公会議に至るまでを射程に収めた一冊である。
こうして感想を書いていることからも分かる通り、本書は非常に良い本である。初学者であっても読みやすく分かりやすいし、かと言ってレベルを落としている感じもしない。新書という制約の中で、修道院の成立と発展が丁寧にまとめられている。
もともとは先日感想を書いた『世界史読書案内』と言う本の中で紹介されており興味を持ったのだが、紹介文から想像していた以上に硬派な一冊だった。
修道院の成り立ちとして、まず聖アントニウスが最初に取り上げられることは先にも触れた。なぜアントニウスが修道制の父とされているかと言えば、アタナシウス派にその名を残すあのアタナシウスが、彼についての伝記を書いたことに端を発する。
これにより、キリスト教において見本とすべき修道士の生活が確立されたわけだが、アタナシウスがアントニウスを手本としたのには、政敵であるアリウス派への牽制の意味があったらしい。
アントニウスはアタナシウスと同じく、反アリウス派の闘士であった。当然と言えば当然だが、修道院の成り立ちと発展には、政治的力学が大いに働いている。それは時代を経ても変わらない。例えば、後の修道院において広く使用されるようになった「聖ベネディクト会則」が広まったのも、カール大帝の勅令あってのことだそうだ。
また、十二世紀にはその巨大な中央集権的行政組織を指して「帝国の中の帝国」と呼ばれるようになったクリュニー修道院にしても、政治的権力者の要請や援助により強大になっていった側面があることが本書を読むとよく分かる。
なお、クリュニー修道院は典礼を重視し、労働を軽視する方向に発展していくのだが、これについては、世俗権力者の意向を受け、彼らの祈りを代行する立場になったことで労働以上に典礼が一日の過ごし方として強まっていった側面はあるのだと思う。
そんな内情はさておき、こうしたクリュニー修道院への反発から、厳しい修道精神に立ち返ろうとするのがシトー派修道会であった。
自ら僻地を開墾し、修道院を打ち立て労働を重視する彼ら。ここには、アウグスティヌスから連綿と続いてきた修道生活における「労働」の価値と義務が見て取れる。
ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、プロテスタントにおける世俗内禁欲が資本主義を正当化し発展させていったと説いた。だが本書を読むと、こうした世俗内禁欲の萌芽が、既にカトリックの修道院において芽生えていたことがよく分かる。
事実シトー派修道会においては、労働に専念するあまり生産性が高まり余剰を生み、そこから生まれた富が投資に回され、自然と経営が拡大していった。
そこから数世紀を経て、ルターによる宗教改革の結果、こうした修道院の倫理が在俗の信者に広まり、カルヴァンで結実することになるのだ。
その他、ドミニコ会やフランチェスコ会と言った托鉢修道会がどういった経緯で結成され広まっていったのかも、この本を読めば背景込みでよく分かる。
また、本書を読んでいてルターやトリエント公会議、イエズス会周りの理解に誤解があったことにも気づくことができた。
巻末に参考文献が載っていない不便さは気になるものの、引用文献は丁寧に記されているので、ここから次の関心に移っていくことも容易であろう。四十年以上前の本ではあるが、この分野の入門書としては今なお読むに値する一冊なのではないだろうか。
おわりに
恐らくきっと、この本を読んでも受験世界史の役には立たないと思うが、この辺りのテーマに興味があれば学生でも読めると思うので、受験勉強の息抜きにぜひ読んでみて欲しい。もちろん、歴史を学ぶことは学生の特権ではないので、大人の方もぜひ。
それにしても、当初は高い志を持って結成された団体が、時代を経て規模が拡大するにつれ、初志を貫徹することできずに批判の的となる姿は、聖も俗も変らないのだと言うことがこの本を読むとよく分かる。
世知辛い気持ちになる一方で、そもそも原理主義とはそういうものだよなあと思いつつ今回はこの辺で。次回は映画の感想…になるかも知れない。


