はじめに
はてなブログの今週のお題は「最近おもしろかった本」とのこと。ちょうど最近読んだ本の感想を書こうと思っていた矢先に今週のお題がこれだったので、今回は便乗して今週のお題兼読書感想にしたいと思います。
感想を書いて行くのは講談社学術文庫の『黄金の世界史』。著者の増田義郎氏はラテンアメリカを専門とする文化人類学者・歴史学者で、なんでもそれまで「地理上の発見」と呼ばれていた時代区分を「大航海時代」と定義し直した人物だとのこと*1。
本書は黄金と言う切り口から世界史を見直していく一冊なわけですが、特にラテンアメリカと大航海時代の書きぶりが素晴らしく、後々こうした経歴を知って思わず納得してしまいました。
もちろんその他の地域や時代についての記述も面白く読み応え抜群。本書ではエジプトやメソポタミアと言った文明揺籃の地に始まり、ローマ帝国や中華帝国、イスラム文化圏にアメリカ大陸など、様々な地域と時代が取り上げられています。少ないながら日本についての記述もあり。
また地域や国ごとの縦軸ではなく、同時代的な横軸を重視した記述がなされているのが本書の大きな特徴です。金を用いた経済的な結び付きに重点が置かれているためか、こうした横の繋がりが見えやすい構成になっています。
このような構成のため、本書を読めば教科書の記述では把握し辛い同時代の地域間の繋がりについての理解も深まるはず。歴史や世界史が好きな人はもちろんのこと、逆に教科書的な歴史に苦手意識を持った受験生の方にも本書はお勧めです。電子書籍版も出ているため、気になる方は是非手に取ってみては如何でしょうか。
ただし、本書が取り扱うのは基本的に政治史や経済史であるため、文化史的な関心から黄金について知りたいという方はちょっと方向性が違うかも知れません。
では、ここからは少し踏み込んだ感想を書いて行きたいと思います。
感想
黄金と権力の関係
著者が『黄金の世界史』という題で描き出そうとしているのは「金や銀の所在と歴史上の繁栄や権力は同居するものなのかどうか」*2ということです。
ともすれば私たちは戦争や内乱によって国が亡ぶと考えてしまいがちです。確かに国が亡びる直接の原因はそうした武力を伴った出来事でしょう。しかし、国が亡びる間接的な要因の多くは経済の低迷であり、経済的な豊かさの指標は、今も昔も金や銀といった貴金属をどれだけ持っているかに他なりません。
金本位制が確立される以前から常に金は価値の基準でした。だからこそ金の流れを知ることは、それに伴う国力の変化と国家間の繋がりを知るにも繋がるのです。
本書では金の産出とその利用に伴う移動を追いかけることで、それに伴う世界史上での権力の移行を描き出します。
例えば本書では、ローマ帝国の滅亡の原因として、国内の金が貿易のために東方に流れたために起きてしまった経済不況が挙げられ、大航海時代を牽引したスペイン・ポルトガルが衰退しイギリスが海洋国家として発展した要因についても、南米で掘り出された金がイベリア半島を素通りし、輸入品の支払いのためにイギリスへと流れて行ってしまったことが挙げられています。
教科書的歴史を結びつける黄金という媒体
私たちはローマの興亡や大英帝国の成立について教科書で学び当然知っています。もちろんそれだけでも知識としては十分かも知れませんが、そうした原因について知っておくことで世界史の理解がより深まることも確かです。
受験世界史は論述形式でもない限り暗記科目と言っても過言ではありません。一問一答形式の問題を解くのに上記の背景知識はいらないと言っていいでしょう。しかしただ知識を詰め込むことは時に苦痛ですし、無理やり詰め込むくらいだったら、繋がりに目を向けて理解を深めた方が少ない労力で済むことも多いです。
国家の盛衰に関わるそうした金の流れを知ることで、教科書では分かり辛かった部分間の繋がりが見えて来る。最初にも書いた通り、本書はただ暗記するのが苦手な受験生が読んでもためになる一冊だと思います。
もちろん本としての面白さも十分にあるため、興味があれば是非とも読んで欲しいお勧めの一冊です。トリビア的な知識が合間に挟まれているのも読み物として楽しい。
例えば、川から砂金が発見されたブラジルのミナス・ジェライスでは大変なインフレが起こり、当地の売春婦の値段はフランス王級の最高級娼婦よりも高く、ラファエロやルーベンスが買える金額が一夜の賭け事で消えてしまっていたのだとか。
また沈黙交易(本書では沈黙貿易)についても本書を読んで初めて知りました。これは物資を交換する双方が接触せずに行われる貿易のことで、本書では西アフリカの黒人とベルベル人による沈黙交易の例が紹介されています。
なんでも、ベルベル人の商人たちはある河岸に品物を置いて姿を隠し、現地の黒人は品物の対価となると考える量の砂金を代わりに置く。そして商人は砂金の量が対価に見合うと思えば砂金を持ち帰り、足りないと思えば砂金をそのままにし、再び姿を隠すのだそうです。
本筋とは関係ありませんが、こうした交易スタイルが行われ、成立した理由についても気になります。調べてみるとポランニーの『人間の経済』で取り上げられている他、そのままずばりのタイトルの本もある模様。機会があったら読んでみたいですね。
おわりに
と言うわけで、今回は『黄金の世界史』の感想となりました。ちょっと軽めの本をと思い手に取った本ではあったんですが、とても読みやすく面白い一冊でした。流石は講談社学術文庫。良い本を復刊してくれます。
まあ値段についてはちょいと高いなあとは思うものの、講談社学術文庫はやっぱり良い本が多いですよね。個人的にどの本でも面白そうに見えてしまう文庫の一つで、書店に行くととりあえずその辺の棚には行ってしまいます。
と、締めの言葉を見失ったところで今回はこの辺で。次回は小説か映画の感想になる予定です。昨年に比べ明らかに更新頻度が下がっているので、なんとかペースを上げていきたいと思います。