はじめに
海外の怪奇小説は好んで読むのに対し、国内のホラー作品はあまり読んだことがありません。食わず嫌いと言うのもありますが、それ以上に読むのが怖いと言うのが大きな理由として挙げられます。何を馬鹿なと思われるかもしれませんが、海外ものはあくまでフィクションとして受け入れられる一方で、日本の作品は題材が身近な分、そうも言っていられない。
そして何と言っても、見たり読んだりしたら呪われるのではないか、そこまで行かなくとも、何か起こるんじゃないか、と言う不安が拭えないんですよね。本作の中でも触れられていますが、心霊特集を見ていたら家で何かが起こるように、怪異は感染するんじゃないかと思ってしまうわけです。そんなわけで、日本のホラー、取り分け実話怪談系は普段読まないんですが、今回は珍しくそんな感じの一冊、加門七海さんの『祝山』の感想です。
あらすじ
ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友からメールが届く。ある廃墟で「肝試し」をしてから、奇妙な事が続いているというのだ。ネタが拾えれば、と軽い思いで肝試しのメンバーに会った鹿角。それが彼女自身をも巻き込む戦慄の日々の始まりだった。一人は突然の死を迎え、他の者も狂気へと駆り立てられてゆく――。著者の実体験を下敷きにした究極のリアルホラー。
感想
ホラー作家である主人公のもとに、肝試しに行った友人からの相談がやってきて……と言うありがちなスタートを切る本作、先にも書いた通り、この手のホラーは普段読まないんですが、これがとても面白かったです。
露骨に恐怖を煽る演出はないものの、それがかえって現実味のある恐怖を生み、作品の面白さに繋がっているんですよね。事態は確実に悪くなっているのに、どうすることも出来ないと言う状況は恐怖以外の何ものでもありません。また個人的な嗜好で恐縮ですが、リアル路線の作品らしいこうした抑えめの恐怖はとても肌に馴染みました。
思い返せば、本作において怪異は具体的な姿として描かれず、作中で起こる異変も、体調不良や気分の変調、不運な事故など、あくまで現実に起こり得る事象の内に留まっているんですよね。この辺りがフィクション内のリアリティを見事に担保していて、流石だなあと思わされます。
また、原因への対策を立てて怪異に挑むタイプのホラーが好きな身としては、その点でも本作は面白かったです。タイトルにもなっている「祝山」の由来が明かされ、それを起点として、おぼろげながらも謎が明らかにされていく。もちろん、すべてが判明するわけではありませんが、その辺りも現実味があって良いですね。
その他、主人公の霊能力への理解や、心霊現象へのスタンスからは著者の価値観が見え隠れしていて興味深かったです。特に前者について、対象にアクションを起こせて始めて霊能と呼べる、霊が見えるのは視力がいいだけ、との自論にはなるほどな、と。
また、普段は辛辣なことを言いつつも、結末にて主人公が語る友人への思いには優しさが滲み出ていて良かったです。終始不安と恐怖に彩られた作品ではありましたが、度々顔を出すこうした人間味も本作の魅力ではないかと思います。
そしてキャラクターに着目しがちなオタクとしては、事件に巻き込まれる若尾木綿子さんがめちゃくちゃヒロインしていて良かったですね。怪異の解決後、故郷に帰ってさらっと結婚したようですが、そりゃ引く手数多だよな、と。
最後になりますが、著者は作中にて、心霊番組などを見るとその手の存在が寄って来るのだと心霊現象へのスタンスを語っていますが、最初にも書いた通り、これは実際あると思うんですよね。そんなわけで、周りにこの手の肝試しや廃墟探索を好む知人がいますが、絶対誘われても同行はしないとの決意を新たにしつつ、今回はこの辺で。