たぶん個人的な詩情

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読書:リチャード・マシスン『奇術師の密室』――究極の傍観者は何を見たのか。

リチャード・マシスンと言うと、私にとっては『地球最後の男』や『縮みゆく男』を書いた小説家であり、例に漏れずどうしてもホラーやSFのイメージが強いんですよね。あの『ナイトランド』でも追悼企画が組まれていたことですし。

ちなみにこの『ナイトランド』、現在馬鹿みたいな値段で出品されているので思わず笑ってしまいました*1。マシスンの追悼記事はもちろんのこと、その他の記事や短編なんかも面白いので、機会があれば是非読んでみて欲しい一冊です。中でも、立原透耶さんの短編「インビジブル」は個人的に傑作だと思っています。

と、話は逸れましたが、そんなもんだから、マシスンの手掛けた推理小説である本書の存在を知った時は驚かされました。あのマシスンがミステリも書くのか、と。

そんな本書で描かれるのは、あるマジシャンの仕事部屋で起きたとある事件。視点となるのは、植物状態となり、今では目しか動かせなくなった老マジシャンです。

舞台となる屋敷に住むのは、語り手となる件の老奇術師と、2代目として活躍する彼の息子に、野心を抱えた彼の妻、そして彼女の弟の4人。そんな彼らのもとに、息子のマネージャーが訪ねて来るところから事件は始まります。

彼らからすれば老人は置物と変わらないため、みな彼の前では隠し事をしようとしません。そのため、読者は開幕早々から老人の目を通してキナ臭いものを目撃します。例えば姉弟による陰謀の気配、例えばマネージャーと妻の不倫関係。このような状況が起こるのは、一人称でありながら、あたかも三人称かのように事が進むこの設定ならではと言えるでしょう。

面白いのは、このように事件が起こりそうな雰囲気は十分にありながら、一向に事件が起きないこと。

不穏な空気を前にして、一体今から何が起きるのかと固唾を飲んで見守ることしか出来ない語り手と読者。無言のワトソン役を務める奇術師はもちろんのこと、彼の視点を通して事件を追う我々読者にしたところで、誰のどんな思惑が現在進行中なのか、皆目見当が付きません。

そして事件が起きたところでその疑問は解決せず、事件は何やらよく分からない方向へと進んでいきます。謎に包まれた全体像と二転三転する展開のために、読者の頁を捲る手は止まらないこと請け合いです。またそんな事態を前に、軽妙な語りで話を進め、読者と共に驚きを共有する老奇術師の語りも読みどころの一つでしょう。

終盤の展開はいささか芸がないし、設定を活かし切れていないように感じる点もあるにはありますが、先を促すリーダビリティの高さは十分ですし、傑作とは言わずとも、マシスンの上手さが光る佳品だと思います。

ちなみに、本作が亡きロバート・ブロックへ捧られた一作であると言うのは、個人的な注目ポイント。好きな作家同士の交流の様子が垣間見えると、嬉しくなってしまうのはオタク特有の気質でしょうか。

と、今回はこの辺で。次回は早めに更新したいところです。

▶奇術師の密室 / Now You See it… (2005)

▶作者:リチャード・マシスン

▶訳者:本間有

▶カバー・イラスト:影山徹

▶カバー・デザイン:小栗山雄司

▶解説:松田道弘

▶発行所:扶桑社

▶発行日:2006年7月30日第1刷発行

*1:記事を書いている2020年12月8日時点で29635円。