5月21日、政府は京都、大阪、兵庫の関西3府県における緊急事態宣言を解除した。感染状況などを踏まえてとは言え、首都圏4都県と北海道についても全面解除する方針を見せ始めている。ようやく出口が見え始めたようにも思えるが、相も変わらず、予断を許さない状況であることに変わりはない。
さて、ここ数か月、見えない恐怖に疑心暗鬼する人々の話を聞くにつけ、ふと頭を過ぎる作品が二つあった。一つはポーの短編小説「赤死病の仮面」。もう一つは、今回感想を書いていく『遊星からの物体X』である。
これまではレンタルして見ていたのだが、良い機会だったのでブルーレイを買うことにした。購入したのはユニバーサルより出ている「思い出の復刻版」。ついでに『ジャッカルの日』も購入した。昨年、待望の日本版ブルーレイが発売されたのを喜んだきり、買い忘れていたのだ。「赤死病の仮面」を含め、これについてもいつか感想を書いてみたい。
閑話休題。
数年振りに見たのだが、この映画は何度見ても素晴らしい。傑作と言って良いだろうとさえ思う。クリーチャーのデザインやSFXなどは今なお色褪せないし、隊員同士の人間ドラマは結末が分かっていても見応えがある。
そしてまさに、この人間ドラマこそ今回本作を観たいと思った理由でもある。これまで苦楽を共にした仲間が、既に変貌してしまっているかも知れない恐怖、そして、いつ何時自分が変わり果ててしまうか分からない恐怖。
そうした隊員たちに、ウィルスに翻弄される人々の姿を重ね合わせてしまうのは、このご時世とあっては無理からぬことだろう。事実、コメンタリーやメイキングのインタビューにて、カーペンター監督は本作の物体Xと、当時流行り始めていたエイズを結び付けたコメントをしている。
さらに、物体Xに成り代わられた者が、自覚無しに感染を広げてしまう点についても、実際のウィルスと似通ったものがあるとカーペンターは述べている。今回初めて特典映像等を見たのだが、私はてっきり、物体Xは意識的に人々の中に隠れているのかと思っていただけに、この解釈には驚いてしまった。
もちろん、自覚的に物体Xとして活動していたものがいたのは確かだし、この問題については明確な結論が出なかったこと、キャスト達の間でも盛んに議論されたことが、コメンタリーでも語られているのだが。
カーペンター監督は言う。本作は人間の内なるもの(=物体X≒ウィルス)によって世界が滅びるさまを描いた。そしてそれは、信頼関係が喪失するさまでもあるのだと。
それを踏まえ、互いに信頼し合うことが大切だ、などと説教臭いことを言うつもりは毛頭ない。しかし、この映画が作られた頃にも増して、人間同士の距離が開いてしまっているのは事実である。それを受け、各人がどう行動するのか、どう行動すべきかはいま一度考える必要があるだろう。
と、格好付けてここで文章を切ることもできるのだが、それではあまりにも歯痒いものがあるし、以下とりとめもなく感想を書いて行こうと思う。ありのままの感想なので、脈絡がなくなることはご容赦願いたい。もっとも、これまでの文章に脈絡があったのか、そもそも不明であるが……。
さて、今回改めて感じたのは、この映画に通底するドライ、あるいはシリアスなリアリティだ。場を盛り上げるジョークもなければ、見せ場における決め台詞もない。これは監督がコメンタリーで語っているのだが、主人公格のマクレディにしても、この手のキャラクターにお馴染みのニヒルな台詞は口にしない。
また女性の不在のために、隊員たちの中に単純な生存の欲求しか起こらないことも、本作のドライさに拍車をかけているように思う。カート・ラッセル曰く「男だけだと気取る必要がなくなる」とのことだ。これは至言であろう。
脚本や全体を覆う雰囲気だけでなく、こうした要素もまた、本作を暗い作品として認識させている原因に違いない。だがしかし、この暗さやシリアスな雰囲気こそが本作の魅力だと思うし、本作を単純な娯楽映画として消費させない要因だとも思っている。
この他、犬の演技が上手過ぎて不気味だと言うことや、物体Xの造形や演出が神がかっていることなど、語りたいことは山ほどある。ノルウェーの基地から持ち帰った物体Xのヴィジュアルが好きだとか、Xを駆除し終えた男たちが、嘆くことなく基地との心中を選ぶ潔さについて語ってみたい気持ちもある。エンニオ・モリコーネによる音楽の良さや、閉塞感漂うラストについてもまだ触れられていない。
だがしかし、一々語っていたら切りがないし、今でさえ馬鹿みたいに長い記事になってしまっているのだから、流石にここらが潮時であろう。
最後に言っておきたいのは、本作は是非ブルーレイ画質で見て欲しいと言うことと、特典映像に目を通してから改めて本編を見ると、また違った面白さがあると言うことである。
雪原や物体X、基地内の映像などは綺麗であればなお良いし、メイキングを見ると、話に上がったシーンが改めて見たくなること請け合いだ。
と、最後は「今更言われなくても分かってるわ!」と突っ込まれそうな感想になってしまったが、伝えておきたい気持ちが抑えられなかったので許して欲しい。
では、今回はこの辺で。当ブログでは初となる常体での記事となったが、今後は敬体と使い分けて書いて行きたい。が、予定は未定。
▶遊星からの物体X (The Thing) / アメリカ(1982)
▶監督:ジョン・カーペンター
▶脚本:ビル・ランカスター
▶原作:ジョン・W・キャンベル・Jr 『影が行く』
▶制作:デイヴィッド・フォスター、ローレンス・ターマン、スチュアート・コーエン
▶制作総指揮:ウィルバー・スターク
▶撮影:ディーン・カンディ
▶編集:トッド・ラムジー
▶音楽:エンニオ・モリコーネ
▶キャスト:
カート・ラッセル:R・J・マクレディ
A・ウィルフォード・ブリムリー:ブレア
T・K・カーター:ノールス
デヴィッド・クレノン:パーマー
キース・デイヴィッド:チャイルズ
リチャード・ダイサート:ドクター・コッパー
チャールズ・ハラハン:ノリス
ピーター・マローニー:ベニングス
リチャード・メイサー:クラーク
ドナルド・モファット:ギャリージョエル・ポリス:フュークス
トーマス・G・ウェイツ:ウィンドウズ